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不適切にもほどがある!?

「制服の胸のボタンを 下級生たちにねだられ

頭かきながら 逃げるのね ほんとうは嬉しいくせして」

 今年も気づけば、はや3月に。卒業の季節ですね。学校はもちろんのこと、何かしらからご卒業される皆様、おめでとうございます。

冒頭の文章を読んで、ピンときた方、昭和世代でしょうか?昭和ポップス好きでしょうか!?

(令和の時代も第2ボタンをあげるもらう、なんて概念あるのでしょうか。笑)

 そう、冒頭の歌詞は斉藤由貴さんの「卒業」という曲の入りでございます。

 今の時代は便利ですよね。いつの時代の音楽もいつでもどこでも検索一つで瞬時に聴ける。

「卒業」を聞いたことがある方ない方、この卒業の時期、一度この機会に聞いてみてください。元乃木坂46・生田絵梨花さんもカバーされて、歌っていますよ。

今回はたてヨコエンタメ!ということで、私の好きな昭和ポップス中心について書きます。

昭和ポップスへののめり込み

 私は平成4年生まれでございますが趣味の一つとして、昭和ポップス研究というものを持っています。1970年代〜1980年代の流行した楽曲研究です。きっかけを聞かれると、はっきりは覚えていないのですが、チェッカーズか山口百恵さんか中島みゆきさんかの曲を聞いて、おおっっっと思ったところから、気づいたら昭和時代の楽曲にハマっておりました。

 私が好きな、昭和ポップスを代表する作曲家の筒美京平さんを特集したテレビ番組で、「『卒業』は『木綿のハンカチーフ』の二人のエピソード0として作られた」という話がありました。

こういうディープな話、私、超好きなのです。普通に聞いていると、全く関係のない二つの曲に思うのですが、歌詞をじっくり読んでつながりを知れば、ゾクゾクワクワクを覚える裏エピソードが!

 この2曲は女子学生を主人公として、都会に行ってしまう好意を寄せる彼との卒業式から離れ離れになった後のストーリーを描いています。「卒業」の最初は制服の胸のボタンを下級生たちにねだられる彼を見ている彼女から始まるのですが、その数年後、彼女が彼にねだったのは涙を拭くための「木綿のハンカチーフ」。卒業式で泣かない冷たい人と言われてでも、もっと哀しい瞬間に涙はとっておくと誓っていた彼女にとって、もっとも哀しい瞬間が訪れ、「木綿のハンカチーフ」が必要になったのです。守れない約束はしない方がいいと、田舎から都会に出ていってしまい都会の絵の具に染まってしまうであろう彼を初めから見透かしていた彼女。セーラーの薄いスカーフで時間は結べないけれど、「木綿のハンカチーフ」なら哀しい瞬間の涙を拭ってくれる。

 うう、なんとも切ない。別々の2曲はこう言ったストーリーの形でつながっていると読み取ることができます。

 同じように卒業をテーマとした、これまた昭和ポップスを代表する私の好きな作詞家、松本隆さんの作詞された曲に松田聖子さんの「制服」という曲があります。松田聖子さんの「制服」の歌い出しが「『卒業』証書抱いた~」ではじまり、斉藤由貴さんの「卒業」は「『制服』の胸のボタンを~」と歌い初められていることでも、2曲は対になって繋がっています。

 「制服」では、セーラー服姿の彼女は好意を持っているけど心を打ち明けられていない彼からもらった、東京での住所を握りしめて泣いてしまう。叶わない恋、叶えようとできない恋だとしても、最後は「失うときはじめてまぶしかった時を知るの」という歌詞で締めくくられています。人と人が離れてしまったり、大切なものを失くしたり捨ててしまったり、別れというものが避けられないこともある。それでも、光る思い出は、自らの心に残しておけば、いつでも振り返ることができる。何かを失いながらでも、手にした輝きを色褪せないまま持っておける、というようなメッセージが込められている歌だなと思うのです。

 「制服」と「卒業」は似ているようで似ていない曲ですが、どちらも淡い恋をする女子学生を描写し、聞き手が彼女たちの将来を温かく見守りたいと思わせるような楽曲です。(そして、「制服」の作曲は、呉田軽穂ことユーミンです。松本隆さんとのゴールデンコンビです。ユーミンはいろんな昭和ポップスの名曲にも制作側で関わっていたんだなぁと、これまたエモいです。)

 別々に歌われている曲がまた違う物語を持って、歌の中の世界が広がっています。いろいろな世界を見せてくれる天才作詞家・松本隆さん、そしてその歌詞にメロディやサウンドで色付けをする天才作曲家・筒美京平さん、超エモく、美しいです。

昭和ポップスの魅力とは?

 たまーにこうして歌詞やメロディに耽って、研究?チックに、曲に描かれている情景や背景を考えてウハウハしているわけです。平成生まれのくせに、何をわかっとんねんと言われかねないですが、時代背景を知らず当時リアルタイムで聞いていないからこそ、楽曲そのものに惹かれ好きになりました。そんな昭和ポップスファンが思う昭和ポップスの魅力を3つご紹介!

①「歌詞がストレートでシンプルだけど鮮やかに情景が浮かぶ」

 昭和ポップスは、3〜4分で終わる曲が多いです。聞くだけで満足感が得られるというのが特徴。字面だけでみるとシンプルでストレートな歌詞で余白も多いのですが、聞いていると見事なまでに臨場感があり、叙情的で映画みたいに情景がめちゃくちゃ浮かびます!さらには歌詞をよくよく紐解いてみると、何か物事の原理原則を教えられているようにも感じます。余白が多い分、聞き手によっての解釈が無数に拡がるということも特徴です。

②「メロディ・サウンドがキャッチーでノスタルジック」

 当時の作詞家・作曲家・編曲家がすげーーです、天才たちの知慧がぶつかって合わさってできた曲の数々。

 メロディ、サウンドで特徴的で代表的な曲は久保田早紀さんの「異邦人〜シルクロードのテーマ〜」、ジュディ・オングさんの「魅せられて」。ぜひ聞いてみてください。

③「当時の音楽にかける社会的な熱意」

 最近の音楽に熱意がないとは言っていません。私は最近のポップスももちろん聞きますし、好きなアーティストもいます。

 私はYoutubeなどで昭和当時の音楽番組の映像やライブ映像も見ます。当時の歌番組は基本的に生放送、一発本番が当たり前。バックバンドも原曲とは異なるアレンジをしたり、アーティストが歌う場所が飛行機のタラップを降りてくるところを生中継だとか新幹線の車中から生中継だったり、今にすると超破天荒ですよね。生放送・生演奏ならではの緊張感も画面越しに伝わってくるのです。そして、皆さんの生歌の上手いこと、上手いこと。媒体が少ないからこその今では考えつかないような当時のテレビ番組や音楽への社会的な一体感を持った熱狂度がとても魅力的です。

地方創生はスナックからだ!

 昭和ポップスの名曲に触れるたびに時代を超えた歌の力を実感します。こういった音楽たちを作り上げた作詞作曲編曲家たち、それをパフォーマンスするアーティストたちは、まるで昭和のマジシャンのよう。

 さて、そんな昭和ポップスを身近に楽しめる場所があります。

 昭和と令和、二つの時代を比較すると、生まれた時代は違えど、人間の感じる「情」の深さは変わらないことに気がつきます。ただ、令和生まれの私たちが昭和ポップスをYouTubeやSpotifyで聞くのに対し、昭和の人々はレコード店でアルバムを手に取り、その音楽の良さに耳を傾けていました。そんな昭和の音楽文化を楽しむ聖地といえば、「スナック」です。

 スナックは、まるで昭和時代のタイムカプセル。カラオケがセットされた狭い空間で、ママの手作りおつまみやお菓子を楽しみながら、昭和の名曲を歌う。スナック文化が日本の夜の街を盛り上げ、経済成長の糧になったと言っても過言ではないのでは!

 飲みニケーションはオワコンだ、という風潮が高まってしばらく経ちますが、このスナック文化は地方創生の切り札になると私は考えています。地方のスナックを昭和ポップスバーとしてリブランディングし、若者もコロナで出渋っている方々もそして海外を含めた観光客を呼び込むのです。また、「夜の会議室」として会社の世代を超えたコミュニケーションの場とするのも良いかもしれません。実際、松山の夜にはダイキアクシスの社員が集まるスナックがあります。世代を超えていろいろな音楽、お酒をともに楽しむ、夜の会議室になっています(笑)たてヨコのBLAST NIGHTもまさに”それ”ですよね!

 想像してみてください。若者たちが昭和の音楽に触れ、地方の活性化に貢献する様子を。スナックのママや飲みに来ている人たちが令和の若者に昭和ポップスの魅力を語る。そんな世代を超えた交流が、新たな地方創生の動きを生み出していくのではないでしょうか。令和の若者がスナックで「ジュリアに傷心」や「DESIRE-情熱-」を熱唱する姿を想像すると、昭和世代の常連客が困惑しながらも、最終的には一緒に合唱する…そんな光景が目に浮かびます。音楽は時代を超える最高のコミュニケーションツール。昭和ポップスをキーワードに、令和の時代に新しい地方創生の形を作っていきましょう。

不適切にもほどがある!?

 これまで昭和ポップスを語ってきましたが、昭和文脈で今、話題沸騰中のドラマがあります。宮藤官九郎脚本・阿部サダヲ主演「不適切にもほどがある!」です。昭和61年から令和にタイムスリップした中年の熱血体育教師が、現代のコンプライアンスに惑いながら物語が進んでいく風刺コメディなのですが、昭和時代と対比した現代との変化や息苦しさを体現していておもしろいです。

 このドラマでは必ず毎回、以下の注釈テロップがつきます。

この主人公は1986年から時空を越えて来たため、現在では不適切な発言を繰り返します。言語表現の時代による変遷を描くというこのドラマの特性をご理解の上、ご鑑賞下さい

 書かないと色々言われちゃう今の世の中なんだよねぇ、を強調するクドカンさんが憎い。笑

 「不適切にもほどがある!」は基本的に昭和を生きてきた人の視点で描かれています。令和時代の建前的であったり、過剰にコンプラが唱えられている部分への主張は、世代によって感じ方や受け止め方が異なるのでしょう。もしかしたら昭和世代の心を熱く揺さぶっても、Z世代には「昭和ってそうなんだ〜、やばーい」くらいの温度感かもしれません。それでもこのドラマが伝えようとするのは、戦後から現代社会の礎を築いてきた昭和人の視点を通すと、当たり前になっている現代社会の常識には、それでいいの?と疑問に感じる点もあるということかなと思います。昭和を知らない世代に、昭和がどんな時代だったか知ってもらい、その時代を生きてきた人たちから見た令和社会への疑問から、気づきを得ていまの社会が当たり前ではないという視点も持ってもらいたい。そんなメッセージをクドカンさんは込めているのではないでしょうか。

 平成、令和と時代を経る度に人に優しい時代になってきていると個人的には感じています。しかし、個人レベルで言えば、「優しさ」を履き違えていることも多々あるんじゃないかなと。こんなことを言ったら、訴えられる、刺される。だったら、余計なことは言わずに当たらず触らずいこう。こんな風に考えるようになっている人もいるのではないでしょうか。

 でも本質は、昭和であろうが、平成であろうが令和であろうが、普遍だと私は思うのです。時代によって解釈が変わるようなことは、所詮偽物なんだと。「人として誠実に相手と向き合い、本音を相手の心に届ける」つまり、腹を割って話をすれば、相手に伝わる。さらに、自分の本音に正直に向き合うこと。それが他人に対しての誠実さにもつながっているのではないか。自分を精一杯生きることが、知らず知らずのうちに、誰かの役にたつ。

『事実は一つ、解釈は無数。』

 多様性の時代だからこそ、解釈も何から何まで合わせようというのは違うのではないか。多様性を認めあう社会とは、答えは一つじゃないことを知ることじゃないのかなと思うのです。

 今の時代はジョブ型雇用、コンプラ重視と言われますが、それは仕事場が仕事だけになってしまってちょっと寂しいような。。。メンバーシップ型雇用が、雑談、出会いや「無駄」な時間からの学びがあり、やはり人間としては人生の豊かさであり人生の幸せだなぁと心の中では信じ続けています!(←不適切にもほどがある。。。!?)

この後の時代に向けて

 昭和時代に魅せられている私でありますが、どう時代が変わろうが原理原則は忘れず外さないように生きていきたいと思います。私の年代の祖父祖母世代は、戦前もしくは終戦直後に生まれ、戦後の焼け野原からガムシャラに日本の経済成長を支えてきた人々なんだと改めて実感します。そして、改めての尊敬の念を抱きます。親世代も、バブル崩壊後、平成は失われた30年とも言われますが、それでも日本は世界4位の経済大国です。GAFAMを中心にソフトウェアではアメリカに持って行かれましたが、今後はAIを絡めたIoTなどハードが中心になる、再度製造業が盛り上がる時代になってくると思っています。日本のお家芸、真摯できめ細かい技術力、対応力を発揮する時代がやってくる、そう信じて我々の世代でも再度日本を盛り上げていきたいと思います。

 さあ、たてヨコ愛媛の皆さん、昭和ポップスとスナックで地方創生だ!!!笑

ABOUT ME
大亀 裕貴
愛媛県松山市出身。松山、スイス、東京育ち、たまに旅人。 早稲田大国際教養学部2016卒、早稲田大大学院経営管理研究科MBA2023修了。高校時代は3年間スイス、大学時代は1年間イギリス留学。旅行、仕事を通じて世界55カ国を訪問。 新卒で株式会社日立製作所、電力系事業部にて営業経験を積む。その後、株式会社ダイキアクシスに入社し、海外事業、採用教育、経営企画、IT企画、新規事業創出等、幅広い事業を統括する経験を経て、2024年から代表取締役社長就任。NPO法人DAIS理事や愛媛大学社会共創学部運営カウンシルを務め地方創生にも携わる。 『人間として成長しながら楽しく社会貢献&地域貢献』をモットーに生きる。
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