はじめまして。初投稿させていただきます。結寿庵代表フリーランス看護師✖︎カウンセラー堀金幸枝(ほりかねゆきえ)と申します。コラムを書かせていただくということでどんな内容にするか迷いました。今回は自分の過去のことも含めての【在り方】ということに通じることを書かせていただこうと思います。
憧れの存在
わたしは徳島県出身です。725gという極少未熟児としてこの世に生まれました。
子供の頃、物心ついた時から月に一回は必ず通院していました。月に一度の通院で必ずある採血。子供の私にとって、とても憂鬱なものでした。
その時に必ず採血をしてくれる一人の看護師さんがいました。その看護師さんはとても厳しくて怖い看護師さんでした。でも、その看護師さんは採血は失敗しませんでした。
『ゆきちゃん、手は動かさない!じっとする!そうしたら痛いのは一回で終わる!わかった?!』その看護師さんはいつもそう言いました。今から考えるとそれは【コミット】ですよね!不安を与えないということもあるけれど、それと共に看護師としての自分へのコミットでもあったと…自分が看護師になって気付いたことでした。
月に一度の検査。子供心に必要なことだと理解していたと思います。嫌な検査もあるけれど憧れの看護師さんとの時間でもありました。看護師さんが真剣な顔で細い腕と、細い血管、そして子供の私と向き合う姿。採血が終わった時のほっとしたような笑顔と安堵感。そして憧れの看護師さんから褒めてもらえる瞬間。
今振り返るととても大好きな瞬間だったんです。
いつしか、私の目標は当たり前のように看護師になることだったと思います。
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看護師として感じていたこと
上のイラストを見て感じたことはありますか?
上のイラストを見て私は、カートの上がぐちゃぐちゃで整理をしたいけれど、その数分の余裕もない!次のナースコールに対応するために廊下を疾走するナース!そして、ポケットでまたナースコールに連動しているPHSが鳴り響くの図。そんなふうに見えました。そして、業務に追われる過去の私をたくさん思い出しました。
私は看護師としていろんな現場で勤務してきました。総合病院の中でも病棟によって忙しさが異なります。もちろん病院の規模によっても異なります。
様々な現場の中でその施設に応じて、やり方に応じて合わせていきます。私が考える合わせる部分というのはあくまでも【やり方や方法】だけだと思っています。
例えば採血をするときに使用するテープが違っていたり、固定の仕方が違っていたり。
例えば排泄の処理の時、陰部を洗浄する時の必要物品だったり、手順だったりそういうものは各施設の現場で変えていくべきものとして捉えていました。
今あげたのは手順的なところです。
でも、そういうことではなくて看護師としての自分の在り方を変えてしまってる人もいるのでは無いか?自分の中の看護師としての【価値観】=【看護感】までをその現場に合わせようとしている。そんな人もいるのでは無いか?そう感じた事がありました。
さらにいうと看護師としての自分と看護師の前に一人の人間という部分までを一緒だと合体させて、スイッチのonとoffがうまくできない。
疲れてしまってしんどい思いで日々の業務をこなす。そして、働く環境も含めて、業務に追われる中で看護師というもう一人の【人格】が出来上がっていくのではないか?
そして看護師人格がプライベートの自分の人格にも作用していく事が当たり前になってきていろんな意味で【自分軸】とか【ありのまま】という、本来の自分の在り方がわからなくなってしまったのでは?そんなふうに感じることがありました。
看護師の私と看護師では無い時の私。
どちらも本当の私です。
けれど、看護師という職業の仮面をつけている私。その時の私は全ての感情を閉じ込めています。表現は難しいですが、、、正直に本音で楽しく患者さんや家族の方と話をしている自分も自分。けれど、そうではなくて常に頭の中でいろんな考えを巡らせながら対応している自分もいます。
そんなことを思い返したりすると看護師という仕事は命と向き合い、絶対にミスが許されない現場で常にハイプレッシャーのなかで闘っています。
私の中の看護師という人格
看護師として勤務していると常に私の中には以下のような感情がありました。
- 完璧でなければいけない
- ミスは許されない
- 常に笑顔で対応しなければいけない
- 自分のことよりも目の前の患者さんのために
- 目の前の患者さんが何を感じて何を考えているかを常に感じる事が大切な仕事の一つ
- 看護師は強くなければいけない
- 看護師は患者さんのために、コメディカルとも素敵なコミュニケーションがとれるように尽さなければならない
- 常に周りの状況判断をしておかなければならない
- 緊急時の対応の一分一秒の差が命に直結する
- 全てにおいて先のリスクを考えて行動しなければならない
軽くあげただけでも10個でてきました。しかし、現場にいる時は心にいつもこの項目があったように思います。
そして、その中でも緩和ケア病棟で勤務していたときには特にいつも⑤を一番大切にしていました。
【言葉にならない声を救いあげる】
表情から。声のトーンから。声にならない声を見つけることが、次の心の声を聞くことにつながる。
言葉で言うと【傾聴】とか【共感】といったイメージにつながると思います。常に目の前の相手の心を、全力で受け止める。そんなことばかりに意識を集中していたと思います。
特に、目の前に命の時間が迫っている患者さんは、想像以上の『孤独感』『絶望感』『否定感』など様々な感情を抱えながらも慣れない環境の中で必死に治療をしています。生きようとしています。そんなとてつもないエネルギーに対応する時、、、本気のエネルギーと本気の人間力で対応しなければ通用しないとずっと感じていました。上辺だけの言葉が通じるような甘い世界ではないと感じていました。もちろん、今もそう思っています。だからこそ、自分の体と心のエネルギーが常に満タン状態じゃなければ、最良のケアは提供できない。いつもそう思っていました。
私の中のありのままの私
緩和ケア病棟で勤務していた後、当時結婚していた私は主人の転勤に伴って愛媛県に引っ越してきました。そのおかげで、さまざまな病院やクリニックで働くことができました。そして、その中で緩和ケア病棟での経験がベースとなって私の中での『病院格差』という造語が生まれました。
【病院格差とは各病院の設備や規模によって、また病棟のスタッフの関係によって生まれるケアの格差】
私はこの言葉を自分の中で定義して、この格差をなくしたいといつしか思うようになりました。
看護師としての私が思っていた10項目がありましたが、看護師を一旦離れた時にもそれは自分の中にずっとありました。
そして、体調を崩したり、自分が看護師では無い仕事をしていた時にもずっとある【思考の癖】みたいになっていることにある日きづきました。
看護師の私も看護師では無い私も、両方私なんだけど、、、でも、看護師としての私はとても強くてそのときの思考や習慣が、自分のことをしんどくさせてしまう原因になってることもあるんだな。。。
本当の心の声を出さなかったりする時。自分のことよりも相手のことを先に考えて、自己犠牲の上に自分が動いてしまう癖。。。それもそうなのかな??
看護師の自分の前に一人の人間だから。
きっと、看護師の自分と本当のありのままの自分をしっかりと客観的に分けることができていたら、、、もしくは、逆に全て丸ごとを受け入れて、全て私なんだから全てを認めて受け入れて生きていくと決める!これ
そんなことができればどんなに楽だっただろう。。。
うまく言葉にならないけれど、、、自分の中の看護師という強さを纏った自分が邪魔をして、本当の弱さを抱えて心の奥底で震えて小さくなっていた自分を引っ張り出してあげることが長い期間できなかったんだと、、、最近になってよく思います。
どんな自分も自分だし。いろんな面があっていいと思います。けれど、いろんな経験をしてきた今の私が一番思うことは、、、。
しなくてもいい苦労はしなくてもいい!
初めから看護師の自分とありのままの自分の区別がついていればしんどい思いはしなくて済むし。
自分の中の問題を、自分が発見して、自分が自分の感情としっかりと向き合いながら、自分のことを大切に出来るようになればいいだけの話。
きっとそれが出来るようになったということで
自分が満たされる👉目の前の人に心から余裕がある状態で接することができる👉相手が気持ちいいと思ってくれるケアが受けられたら愛と感謝が返ってくる。
そんな素敵な循環が生まれるのではないか。
そんなふうにとても強く思います。
これからの私が目指すこと
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上の写真は、私が看護師から、フリーランス看護師になって個人事業主として結寿庵を立ち上げて奮闘してきた活動の中の何コマかをまとめました。
カルチャースクールでの認知症と介護についての講座を開講していたり、地域のなかの勉強会での風景も。
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そして助成金をいただいて採択事業に選ばれたこと。それが医療従事者のためのストレスケアについてです。今はコロナ禍で施設に入れなくなってしまいましたが、自分自身が看護師をしてきて沢山の葛藤の中で心と向き合った経験を、目に見える形として、そして、何かこれから役に立つことはないか?そうしてたくさんの方の力を借りて出来上がったのがこの愛のコンサル事業です。
私が目指すのはただ一つ!
医療従事者としての各一人一人がもっと自分のことを大切にして、自分と向き合って欲しい!自分自身の問題を自分で解決しながら生きていけるマインドをみにつけてほしい!
自分の心を自分がみつめて、掘り下げていく術を知る事で自分も楽になって、生きやすくなって、仕事も楽しくなって、周りも変化するという現実をどんどん作って欲しい!
ただそれだけなんです。
コロナ禍のなかで、最前線の現場では、自分たちの生活を犠牲にしながら…家族との時間を犠牲にしながら…献身的に義務感で頑張っているスタッフにこそ。
時間=命の時間だと気づいて欲しい。そしてそれでも自分はそこで働きたいと思ったから、自分の心を犠牲にしないように大切に自分を守って欲しい。そのためのメンタルコントロールのひとつとして、私はお役に立てると思っています。私はとても不思議ちゃんです。感性も鋭い方だと思っています。最近は特にいろんな感性が覚醒して驚くこともありますが。
私だからできることをどんどん目指して行動して。私らしく、素直に、どこまでも正直にやっていくだけです。熱い思いと諦めない気持ちで。
今回はこのようなコラムを書かせていただける機会をいただきましたことを心から感謝申し上げます。
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