ビジネスライフスタイル

電脳化する世界で「私たちはどう生きるか」

ある秋の日の午後、私は自宅の前でカバンをひっくり返し、焦っていた。

「ない!ない!ない!
家に入るための、カードキーが、な〜〜い!!」

オンライン会議のスタートまであと10分!すぐにでも自宅に入り準備をする必要がある。

わが家は玄関がカードキーで合鍵が作れない仕様のため、スペアはない。
家の近くには住居の管理会社があり、そこへ行き、名前を言えばわかってもらえるはず。
すぐに家に入るには「管理会社の人に開けてもらう」一択なのだが…

「私が訪問して名前を言ったからといって、信用してもらえるだろうか?」

入居時からずっとマスクをしているから「本人」という確証はどこに?
メイクをしている今日は、いつもと印象が違って認識されない可能性もある?
声でわかる?似ている声は聞き分けられるの?
てかそもそも、管理会社の担当者のお名前なんだっけ?どんな顔の人だっけ?

と、さまざまな思いで管理会社にいくことを逡巡していたら、カバンの中からひょっこり見つかり、事なきを得たのでした。

バタバタとオンライン会議の準備をしながら、このとき私が思ったのは、

「あーあ、管理会社の人にFace IDついてたら、こんな悩まなくてすんだのに」
「虹彩認証されれば、個の証明も不要だったのに」

そもそも、「人じゃなくて家が『個』を識別してくれれば、カードキーなんていらないのに」。

この経験で感じたのは、私の思考回路では、すでに人間が「個人」を識別する機能に疑いがあり、デジタルへの信頼が優っているーーという紛れもない事実でした。

リモート社会で求められた「電脳化」

iPhoneを初めて持ったのは、iPhone3GS が発売された2010年ごろのこと。
初めて手にしたスマートフォンは、「私」の思考の順序や、使用感の心地よさが最適化されておらず不便を感じた一方で、「ドラえもんよりすごい未来が来た!」とワクワクが止まりませんでした。

そして「マシンに自分を適合させていく時代が、ついに来た」とも。

今思うとその時期を起点に、私のアイデンティティ模索の旅は始まったのです。

リモートワークが一般化している社会においては、非対面でのコミュニケーション能力が仕事をする上で欠かせないスキルのひとつです。
ひと言でいうとリモートベースでの仕事は、いかに言語化するかであると。

オフィスワークだと”空気感”で伝えられた曖昧な共有事項を、いかに全員が共通で認識が揃えられるキー(それが今のところ言語や数値)で見える形にするか。

それが、言語化です。(キリッ

リモートワークなどで遠隔にいるメンバーとスムーズに仕事を進めるためには、課題の分離や仕事のタスク化など、汎用的に「誰でもわかる形に」していく必要がでてきます。

いつの間にやら私の仕事は、

・プロジェクト概要を絵で伝え認識をそろえ
・課題を大枠でグルーピングし
・個人がすぐに動ける粒度に分類し
・期限を切って進行管理
・全員が状況報告しやすい環境づくり

というスキームにのっとり、進めるするようになってきました。

プロジェクトを進める中では大事なスキームですが、すこし立ち止まって考えたいのは、この仕事、「私」じゃなきゃできないことなのかな?ということ。

「あなたに」と指名される仕事ってなんでしょう?

さらにいうと、プロジェクトにおける自分の介在価値って、いったいなんなんだろう?と。

基本的には分類したタスクはツールが勝手に期限も管理してくれて、期限が近づくとアラートを鳴らしてお知らせしてくれます。私が求められている役割って、そこじゃない。

じゃあ一体、私は何を求められているのだろう。

リモートで仕事をしている人たちにも、改めて問いたい。

”その仕事、誰でもできる「代替可能な作業」になっていない?”

アイデンティティとオリジナリティ

では、代替不能な、オリジナリティのある価値ってなんなんでしょうか。

時を20年前に戻します。

愛媛大学に入学し、落語研究会に所属した私は、同期メンバーたちと大喜利の練習をしながら「チームで笑いをとるにはどうすればいいのか?」について、夜な夜な作戦会議をしていました。


18歳。大喜利はチーム戦だと知った

そのとき、メンバーのひとりが発した言葉が、今でも私のキャリア感に突き刺さっています。

キャラ被りは許されない!

笑点を見ていてもわかるとおり、メンバーの個を識別できるのって、着物の色であり、キャラであり、笑点の笑いはひとりで生み出すものではなく、全員の個性とチームワークが合わさることで成立しています。

そもそもキャラが立っていないと、番組として以前に、芸人としても成立しない。

芸人を目指すわけでもない18歳の私は、自分がキャラ立ちするにはどうすればええんや?とめちゃめちゃ頭を悩ませました。

(結果「おバカキャラ」という誰でも思いつく代替可能な枠に収まりましたw 当時、自分としてはこのキャラを見つけたのは、世紀の大発見でした)

仕事とは、人間が「不を解消したい」「快を追求したい」かの二択であり、そこには「人間としての感覚」「人間と人間のやりとり」が必須になってきます。

その際「私は何者か」「あなたが何者か」という、人間としてのキャラ設定とそこへの理解が大事になります。

仕事相手は、AIではなくいつも人間で、その際にはスキルやキャリアに限らず「キャラ」や「発想力」「個人の経験」「個人の人生哲学」など、背景にもつ要素が重要となります。

AIの発達によって、人間がしなくて良い仕事が増えています。

それを「AIに仕事が奪われる」という表現をする風潮もありますが、正直AIと張り合う必要などなく、AIが代替してくれる仕事はそちらに任せ、私たちはキャラを立て「実務」に集中する必要があります。

Google最適化しようとする脳

あの日あの時、鍵をなくした私は、一体どうすればよかったのか。
そもそも、管理会社の人との関係性ができていれば、こんな思いに至らなくて済んだのかもしれない。
時間をかけて管理会社の人とコミュニケーションをとり、私がもっている要素として

#おっちょこちょい
#ときどき鍵をなくす
#髪型変えがちなため髪型では個人を識別しづらい
#基本すっぴんだが外出するときはメイクをする

というタグ付けできてればよかったのかもなー

・・と考える時点で、自分の思考回路が電脳化していることに気がつきますが、でもたぶんそういうことかなと。

電脳化する脳で考えると、私のキャラを相手の脳にタグ付けして記憶させておけば、ちゃんとコンバージョンできたはず。

Googleの検索エンジンに認知してもらう設定ではなく、YouTubeのAIに動画を認知させるハッシュタグでもなく、相対する人物に、いかに「私」を個として認知してもらうのか。

つまり・・人間対人間の関係性が築けていれば、相互のキャラを把握できていれば、「あなた誰?」「あなた自身をあなた自身だと証明して」とはならず、スムーズに自宅に入れたのかもしれません。

「君たちはどう生きるか?」(サムネの元ネタ、わかりましたか?)

電脳化する世界で、私はどう生きる?

日本国内の人口が減少していく世界線では、AIに置き換わる仕事はどんどんAIに置き換えていき、私たちは人間としての「価値」を発揮していく必要があると感じています。

その際、大事なのが、個を識別するアイデンティティとオリジナリティです。

自分のキャラが言語化できると、利用価値が世間で認められ、仕事をしていくなかでも意見が求められたり価値を発揮しやすくなると思います。

世界が変わる中で、私たちはどう「変化」していくべきか?

私は、より「自己開示」をしながら、人間としてさまざまな経験を積み、私にしか語りえないストーリー(コンテンツ)をつくりたいと考えています。

皆さんは、どうですか?

ぜひ教えていただけると、嬉しいです。

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ABOUT ME
豊田 昌代
愛媛大学を卒業後、東京で就職。リクルート、アイティメディア、ベンチャー企業などを経て起業。エンジニアの地方移住・転職の支援に携わる。2021年7月より愛着のある愛媛県を第二拠点におき、愛媛に関わる人を増やすプロジェクトを始動。2021年10月には松山市内で株式会社洒落を創業。
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