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たてコラム

たてヨコメンバーによるフリーテーマのコラム

エッセイビジネス書籍紹介

新聞と「鬼滅の刃」あるいは『負債論』と鬼舞辻無惨

タイトルのクセがスゴい!我ながら(※「辻」は一点しんにょう)。

ごめんなさい、釣りタイトルではないけど羊頭狗肉です。

前回が堅すぎたので、今回はキャッチーに流行にのっかろうと思ったら、かえって表象文化論のような題名に。これは鬼滅論ではなく、あくまで「たてコラム」。新聞発、鬼滅経由でビジネス論に寄せていきます。

興行成績華々しい映画を見てなくても(私も見てません)ネタバレしません。映画の手前、アニメの第1シーズンや原作漫画7巻までで分かる内容です。

▲仕事柄、事務所に届く5紙に毎日目を通します。写真は12月4日付の各紙

新聞とフェティシズム

鬼滅に触れようと思ったきっかけは全国紙の12月4日付一斉全面広告

新聞って、とても中途半端なメディアなんです。スマホのニュースほどフローではないが、本ほどストックではない。毎日の戸別配達=古くなったら、溜まったら捨てる、を前提にしているので、あまり上質な紙でつくっていません。

つまり新聞は「所有」にあまり向かないメディア(媒体物)なんです。 だから自分が載った記事を記念に残したい人には新聞社自身がラミネート加工するサービスがあったりします。にもかかわらず、新聞紙広告にメルカリではプレミアムが。

▲いいお値段で軒並みsoldout

こうした所有欲にはフェティシズム、倒錯的欲望が含まれているとするのはS・フロイトが祖となる精神分析学です(特殊な人の欲望だというのはではなく、むしろ人間には皆こうした倒錯があるという話です、念のため)。

また最終23巻発売日には、県内の書店にも行列ができたとか。内容だけならKindleでいいわけで、ここにも所有欲が見いだせます。

シェアリングエコノミーという言葉が人口に膾炙に、MaaS(mobility as a service)など財ではなくサービスを消費する方向に向かっていたかと思いきや、この現象。 K・マルクスは、労働(人間関係)が物象化し、最たるものとしての貨幣商品の物神崇拝(Fetischismus)が生まれたと言ったわけですが、19世紀以来の資本主義の構造、そこに絡め取られる人間は、なかなか変われないのかもしれません。

▲我が家の鬼滅ブームを牽引する画伯。宇和米博物館(西予市)黒板ルームも鬼滅の絵がいっぱい

鬼滅と所有 / 鬼滅と贈与 / 鬼滅と負債

鬼滅と所有。所有=私有の反対は贈与。「鬼滅 贈与」でググると、 「『鬼滅の刃』は“贈与的な世界”への憧れで大ヒットした」といった記事がヒットしました。

主人公の竈戸炭次郎らは贈与に支えられている、等価交換やコスパ全開の資本主義バリバリな現代にあって、みんなユートピア的に贈与の世界に憧れている、という分析です。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。メーンストーリーやブームの分析は、他の人に任せてここでは裏面としての鬼側の構造を考えてみます。

考察の手がかりにするのは、D・グレーバー。 コロナ禍の今『ブルシット・ジョブ』が有名ですが、今回引くのは『負債論』。 2018年サッカーW杯時に本田圭佑選手がツイートして話題になりました。

  • お裾分け(贈与)は返さないといけない(返礼義務)
  • 借りた金(貨幣)は返さないといけない、と思っている
  • 他者への義務を果たすことを「借りを返す」という
  • 「他者への義務=他者への負債」になってしまっている
  • 負債(貨幣の返済義務)は本来交換不可能な人間(それぞれに特別で、固有性を持ち、数量化を受け付けないはずの存在)を数量化し交換可能な世界に引き入れてしまう
  • 返せない負債を抱え込まされると人間は奴隷化する
  • 貨幣を生み出した国家(の暴力・武力)がこれを裏支えしている

以上、超ざっくりの要約版『負債論』です。

出典:アニメ「鬼滅の刃」公式サイトより

これ鬼舞辻無惨と鬼の関係そのまんまじゃん

と思いませんか!

無惨(という金貸し、グレーバーの貨幣論で言えば国家)が、鬼の血(貨幣)という流動性に富むモノを生み出し、流し込む(貸し付ける)。しかしそれは返済不可能な負の贈与であり、受け取ってしまった人間は鬼となり、無惨の奴隷になる。奴隷国家にはヒエラルキー(上弦の壱~陸、下弦の壱~陸などの交換可能かつ数量化)がある。

贈与の語源にあるGiftには、「贈り物」とともに「毒」の意味があります。贈与にはいいことばかりではなく、毒の贈与、贈与の呪いという破壊性・攻撃性・危険性が潜んでいるんです。

鬼のメタファーとコミュ

批評家ロラン・バルトは、作品は作者を離れるとして「作者の死」を唱えました。作者本人が実際にどこまで何を考え、キャラクター造形やストーリーを描いたかとは別に、自由な読み方ができる、していい、するべきだ、と。

おのおのが創造的な読み方をすることを「作者の死」に対して「読者の誕生」と言います。

最終巻23巻では、無惨が最後の「贈与」を行います。これをどう読み解くか。今までと同じか、違うのか。ネタバレになるので、今はここまでにとどめますが、たてヨコメンバーが多様なバックグラウンドを生かして哲学カフェ的に創造的におしゃべりしてもおもしろいかもしれませんね。経営者とサラリーマン、プログラマーと医療従事者で捉え方が全然違ったりして。

負債論的な鬼の世界を「利己的」(あるいは主知主義 intellectualism)とし、鬼殺隊側は「利他的」(あるいは主意主義 voluntarism ボランタリスム)と弁別するのは、社会学者の宮台真司氏

鬼は新自由主義的世界を生きる現代人のメタファーだと喝破します。

ただ、「鬼滅の刃」の魅力のひとつが、鬼には鬼の事情・背景があり単純な勧善懲悪でないといわれるように、現実や現代人もネオリベ一色ではありません。ちょっと長いですが『負債論』からの引用です。

水道を修理しているだれかが「スパナを取ってくれないか」と依頼するとき、その同僚が「そのかわりになにをくれる?」などと応答することはない。たとえその職場がエクソン・モービルやバーガー・キング、ゴールドマン・サックスであったとしても、である。その理由はたんに効率にある(これを「コミュニズムは端的にうまくいかない」という旧来の思考に照らして考えると実に皮肉である)。真剣になにごとかを達成することを考えているなら、最も効率的な方法はあきらかに能力にしたがって任務を分配し、それを遂行するため必要なものを与え合うことである。ほとんどの資本主義企業がその内側ではコミュニズム的に操業していることこそ、資本主義のスキャンダルのひとつである、ということさえできる。

出典:D・グレーバー『負債論』より

資本主義の中で駆動するコミュニズム。

現実の中で駆動するコミュニティ(メディア)「たてヨコ愛媛」。

「ちょっとそのスパナ、貸してください」

私の考察はここまで。以下は、他の新聞紙面(広告ではなく記事)紹介。こちらは、ちゃんと鬼滅論です。

ヒット論の日経とジェンダー論の朝日

宮台氏の分析を引用しながら、経済紙らしくヒットの背景を読み解こうとしたのは、日経新聞12月6日付。

・強欲と一線を画す倫理性(宮台真司氏の分析)

・ネットならではの伝える技術(複数の動画配信サイトと契約)

・伝統を大事にした丁寧なものづくり(アニメーション製作の高い技術力)

の3要素をピックアップしています。

日経19日付13面では、鬼滅がもたらす経済波及効果をデータで紹介しています。 缶コーヒー15倍!歯ブラシ30倍!!レトルトカレー57倍!!!

同じ6日付朝日新聞では、「鬼滅」の女性キャラクターの描かれ方に現代性を見出しています。

原作漫画1巻あたりの

出典:吾峠呼世春「鬼滅の刃」より

「男に生まれたなら 進む以外の道などない!」「俺は長男だから我慢できたけど 次男だったら我慢できなかった」といったセリフをめぐっては、「性差別的・家父長的だ」「いやいや大正時代設定なんだから」と、ツイッターなどでちょっとした議論が起きていました。

その後の展開を織り込んだ朝日新聞の記事中には、恋柱・甘露寺蜜璃に恋愛も仕事もあきらめない現代女性の理想像を、竈門禰豆子に男性主人公にただ守られる存在ではなく、守り守られるバディ(相棒)像を見出す分析が載っています。男性側にも「男らしさ」からの解放があるとも。

たてヨコ愛媛には、さまざまな社会課題に挑戦する多くのプロジェクトがありますが、そういえばジェンダーを扱うプロジェクト、今のところないですね。 いずれそういうプロジェクトも生まれるかも、ですね。

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ABOUT ME
秀野 太俊
現在、高知との県境の愛南町に在住。物事を抽象化して深堀するのが好きですが、それが記者の仕事に向いているかどうかはまた別の話