
はい、大美です。
これまで、たてヨコ愛媛で好き勝手にコラムを書いてきました。
ドローン。
VR。
Photogrammetry。
AI。
イベント配信。
……見事なまでに統一感がありませんね。
自分でも2021年のコラムで「ドローンだのVRだの怪人二十面相だの」と自分のことを書いていたくらいです。
普通なら、そろそろ「専門分野」というものが固まってきてもよさそうなお年頃なんですが、
固まる気配が一向にありません。
むしろ年々、枝分かれしています。
以前、柳田さんのコラムで、だいたい「たてヨコ愛媛」って何やってるか分からない人がたくさんいるよく分からないコミュニティーと書かれていましたが、おそらくその「何やってるかわからない人」の筆頭が私だと思っております(自覚あるんかい!)。
で、ふと思ったんですよ。
ところで俺、他人からは何に見えてるんだろう?
自分のことって、意外と自分では分からないじゃないですか(特に私)。
そこでまず、最近よく遊んでいる相棒に聞いてみることにしました。
そう。ChatGPTです。
AIよ、“大美和博”とは何者だ?
これまで約3年ほど、ChatGPTとやり取りしてきた内容や、私がネット上で公開している情報、過去のコラムなどをもとに、「大美和博って、どんな人物?」と聞いてみました。
するとAIが返してきた答えが、
「未来を先に遊んで、面白かったものをみんなに配る人。」
……。
なんか、ええ感じにまとめやがったな。
こういうところ、AIは抜群に上手です。
こちらが「俺ってどんな人?」と聞くと、だいたい自分がちょっと好きになれる回答を返してきます。
恐ろしいヤツです。
もしかすると、私の機嫌を取っているだけかもしれません。
よしよくわかった。AIはそんな風に私のことを考えたわけですな。
ならば、人間にも聞いてみよう。
ということで、たてヨコ愛媛の中でも比較的よく私のことを知っている皆さんに、
「大美を一言で言うなら?」
と聞いてみました。
すると、いろんな答えが返ってきました(ご協力いただいた皆様、ありがとうございました)。
たてヨコメンバーたちが見た“大美和博”
まずは、
「ドローン飛ばしてる人。」
うん。まあ、そうですよね。
たぶん初対面の人からすると、それが一番分かりやすい。
もはや名字より先にプロペラが回っているのかもしれません。
続いて、
「ガジェット愛好家」
「ドローンとかAIとか、新しいデジタル系のものが好きで得意な、優しい笑顔の人」
ここまでは、まあ想定の範囲内。とは言え、優しい笑顔なんてフレーズ、嬉しくて小躍りしちゃいます。
ところが、だんだん雲行きが怪しくなってきます。
「永遠の夏休み」
仕事してますよ、一応。
ちゃんと平日は会社に行って、仕事してます(してるフリはうまいです)。
「少年のような好奇心おばけ」
おばけになりました。
そして、
「好奇心の悪魔」
さらに進化しました。
おばけから悪魔へ。
順調に人間をやめつつあります。
さらに、
「見た目はおじさん、心は子供、その名は!」
……見た目の部分は誰も否定してくれない。
そして極めつけ。
「ATフィールドZEROのエヴァンゲリオン」
どういう生物なんでしょう、私は。というか生物なのか?うーむ。
その理由ですが、
「ものすごい存在感とエネルギーがあるのに、人との間に心の壁がほとんどない」
「知識も能力もあるのに、権威性がない」
とのこと。
なるほど。妙に納得してしまいました。
スペックは決戦兵器。対人インターフェースは完全開放。
という意味合いでしょうか。自分なりにとても気に入りました。
ただし暴走モードに入っても、誰も止めてくれません(ミサトさーーん!)。
ほかにも、
「愛媛で一番もの好き」
「何でもやってみる人」
「多才」
「メカ好きニコニコオジサマ」
「安心感」
などなど。
ありがたいことに、かなり好き勝手に言っていただきました。
でも、全部読んでいるうちに気づいたんです。
表現はバラバラなのに、
みんな、だいたい同じ方向性を感じているようです。
で、週刊誌の表紙風にしてみたらこんな感じになりました(笑)

どうやら私は「好奇心」で動いているらしい
みなさんの回答に何度も出てきた言葉があります。
「好奇心」
「少年」
「新しいもの」
「やってみる」
「楽しそう」
「面白い」
どうやら私は、自分で思っている以上に、
「面白そう」
という感情で動いているらしいです。
「仕事になるか?」
「儲かるか?」
「役に立つか?」
もちろん大人なので、そういうことも考えます。
一応、社会人です。でも、その前にたぶん、
「それ、面白い?」
があります。
そして「面白そう」が一定値を超えると、
理性より先にAmazonの購入ボタンをポチッとなしている場合があります(よくあります)。
これは好奇心ではなく、単なる散財ではないかという説もありますが、その検証は、また別の機会に。
小学生時代の大美、親父の時計を破壊する

少し(かなり?)昔の話をします。
1969年(昭和44年)大阪府豊中市で一人っ子として生まれた私。子どもの頃は、アニメが好きで、マンガが好きで、プラモデルが好きで、テレビドラマも大好きでした。キャンディーズも、ピンクレディーも、甲斐バンドもサザンオールスターズも、山口百恵も明菜ちゃんも好きでした。筒井康隆や星新一も好きでした。ほんと、統一感ねぇな。
一人っ子で鍵っ子だったこともあって、学校から帰ると比較的自由にテレビを見たり、マンガを読んだり、プラモデルを作ったりしていた記憶があります。
とはいえ、勉強も一応ちゃんとしていました。
当時通っていた小学校(1学年300人弱)では、成績は学年でも上の方だったと思います(ここ大事なので書いておきます。運動はてんでダメダメでしたけどね)。
さてそんな小学生時代の私、さまざまなコンテンツに触れる中で日々、強烈に感じていたのが、
「中を見たい」
という欲求でした。
何か機械があると、なぜか分解したくなる。
どういう仕組みで動いているのか。
中に何が入っているのか。
見てみたい。
気づけば右手にドライバーをしっかりと握っていました。
超合金などのおもちゃ、分解しました。
ラジカセ、分解しました。
シャーペン、ボールペン、分解しました。
ある日、親父の腕時計を分解しました。
めちゃくちゃドキドキしました。
細かな歯車やバネなどの精密な部品が次々に出てきて、
「うわ、こんなんなっとんや!」
と興奮した……のですが。
元に戻せませんでした。
「分解できる」と「組み立てられる」は別のスキルである。
少年時代の私は、身をもって学びました。
あのときのドキドキは、機械の仕組みに感動したドキドキだったのか、
「これ、絶対怒られるやつや」
というドキドキだったのか。
今となっては定かではありません。
たぶん8割くらい後者です。
中学生時代の大美、コンピューターに出会う
もう一つ、今につながっているものがあります。
コンピューターです。
小学校卒業と同時に、母の実家近くの淡路島にお引越ししました。
自然に囲まれた田舎暮らしの始まりでしたが、小学生の頃から興味を抱いていた、コンピューターへの熱は冷めていませんでした。
ちなみに今みたいに仕事で毎日使っていたり、家に当たり前のようにパソコンがある時代ではありません。
実際にパソコン(日立MB-S1)を買ってもらったのは高校生になってからでした。
でも、その前にどうしてもコンピューターに触ってみたくて、中学生時代に何とか手に入れたのが、
SHARPのポケットコンピューター。
電卓をちょっと大きくしたような機械で、小さな画面に文字や数字を表示して、簡単なプログラムを組むことができました。
そこで計算をさせたり、ちょっとしたゲームを作ったりして遊んでいました。
何の役に立ったのか?
分かりません。
でも、
自分が命令を書いたら、機械がその通りに動く。
これが猛烈に面白かった。
考えてみれば、今ChatGPTに延々とプロンプトぶっこんで遊んでいるのと、あまり変わっていないのかもしれません。
道具がポケコンから生成AIに変わっただけ。
画面は大きくなりました。
計算能力も何億倍だか知りませんが上がりました。
でも、
やっている本人は、ほぼアップデートされていません。
新しいおもちゃを見つけては遊ぶ人生
その後も、興味の対象は次々に変わりました。
・パソコン
・車
・インターネット
・Web
・デジタルカメラ
・スマートフォン
・360度カメラ
・VR
・ドローン
・Photogrammetry
・生成AI
・ガンプラ
……いや、ガンプラは昔からか。
新しい技術が出てくると、
「これ何ができるん?」
と気になる。
触ってみる。
買ってみる。
使ってみる。
失敗する。
また試す。
場合によっては別のものを買う。
そうしているうちに、仕事で使い始めたり、イベントで使ったり、人に教えたりするようになる。
たぶん私の場合、
勉強してから使うんじゃないんです。
遊んでいるうちに、気づいたら詳しくなっている。
だから周りから「詳しいですね」と言われても、本人としては、
「いや、遊んでただけなんですけど」
という感覚だったりします。
遊んでいたら仕事になった。
仕事で使っていたら、また新しい遊びを見つけた。
このあたりの境界線は、もう本人にもよく分かりません(ワークライフバランスってなんですか?)。
ただ一つ言えるのは…マネタイズができないのでお金持ちとは無縁な生活です(ここ、笑うとこです)。
どうやら一人で遊ぶだけでもないらしい
今回、皆さんからいただいた言葉を読んでいて、もう一つ気づいたことがあります。
私は新しいものを自分で試すのが好きなのですが、どうも、
人に見せるのも好きらしい。
ドローンを飛ばしたら映像をアップする。
面白いガジェットを見つけたら人に見せる。
AIで面白いことができたら誰かに教える。
Photogrammetryを始めたら、体験会をする。
生成AIを使い始めたら、セミナーで話す。
「俺はこんなこと知ってるぞ」
というより、
「これ面白いよ。ちょっとやってみん?」
に近い。
だからChatGPTが最初に出してきた、
「未来を先に遊んで、面白かったものをみんなに配る人」
という分析は、案外間違っていないのかもしれません。
大美OSを解析してみる
ということで、生成AIに“大美和博”という人間の基本動作を分析してもらいました。
言うなれば、無理やりOS化したらこんなOSちゃうかな?という感じです。
で、こうなりました。

INPUT:なんか面白そう
↓
PROCESS:とりあえず触る
↓
ACTION:買う・作る・飛ばす・分解する
↓
ERROR:ときどき失敗する
↓
RECOVERY:なかったことにして次へ進む
↓
OUTPUT:人に見せる
↓
NETWORK:仲間が増える
↓
UPDATE:また面白そうなものを見つける
そして永遠に最初へ戻る。
頭文字をとって…【IPAERONU】、いぱえろぬ?なんじゃそりゃ。
なお、この大美OSには、「安定運用」という項目は現在のところ実装されていません。
セキュリティ的にも運用的にも危険極まりないOSです。
そして私、このループを何十年も繰り返しています。
そう考えると、
「永遠の夏休み」
とは、言い得て妙です。
子どもの夏休みって、
「今日は何して遊ぼう?」
じゃないですか。
私はたぶん今でも、
「次は何して遊ぼう?」
を繰り返しているんでしょう。
宿題を8月31日まで残さない程度には、大人になりました。
たぶん。
でも、この考え方はどこから来たんだろう
ここまで書いていて、ふと思い出しました。
私の好きな言葉で、高杉晋作の、
「おもしろきこともなき世をおもしろく 住みなすものは心なりけり」
です。
この言葉に出会ったのは、24歳くらいの頃だったと思います。
最初に勤めた会社の社長が、団鬼六さんのエッセイ集のタイトルにもなった、「一期は夢よ ただ狂え」という言葉を座右の銘にしていました。
若干、座右の銘として会社員に聞かせるにはパンチが強い気もします。
でも妙に心に残りました。
人の一生なんて、振り返れば夢まぼろしのようなもの。
だったら、
面白おかしく生きた方がいいんじゃないか。
そんなことを考えるようになり、いろいろ調べている中で出会ったのが、高杉晋作の言葉でした。
それから約33年。
改めて今回、自分のことをAIに聞き、人にも聞き、子どもの頃まで振り返ってみると、
ああ、思いっきりその通りに生きてるな。
と思います。
ただ、昔は、
「面白いことをたくさんしたい」
という意味で受け取っていた気がします。
今は少し違います。
面白いことがあるかどうかは、それほど重要ではない。
面白くないことでも、
「これ、どうしたら面白くなる?」
と考える。
知らないことが出てきたら、「分からんからやめとこう」ではなく、
「分からんけどちょっと触ってみよう」
と思う。
そして時々、触らなくてもいいところまで触ってしまう。
親父の腕時計から、その性癖だけは変わっていません。
つまり、
世の中から面白いものを与えてもらうのではなく、自分から面白がりにいく。
「住みなすものは心なりけり」
というのは、そういうことなのかもしれません。

そして、あと3年
そんな私ですが。
実は、あと3年ほどで会社の定年を迎えます(現在57歳)。
「定年」。
文字だけ見ると、なんだか人生のエンドロールが流れ始めそうな響きがあります。
でも、今のところ本人にはあまりその実感がありません。
むしろ、
「あれ?次のステージ、何して遊ぶ?」
くらいに思っています。
もちろん、今の仕事を全部投げ出して突然南の島でドローンを飛ばし始める、とかいう話ではありません。
たぶん。
ただ、これまでとまったく同じ道をそのまま歩き続けるより、
少しくらい横道にそれてもいい。
今までやったことのないジャンルでもいい。
知らない業界でもいい。
これまで身につけてきたものを持って、別の場所へ遊びに行ってみるのも面白そうだなと思っています。
というか、
「定年後は何をしよう?」
というより、
「まだ知らない何か(=趣味、仕事)にハマれる時間がある」
と考えてみると、俄然ワクワクしてきます。
もしかすると数年後、まったく予想もしなかったことをやっているかもしれません。
今までの業務経歴で言うと、編集(タウン誌、求人誌)、媒体営業、撮影(写真・動画)、動画編集、SNS広告配信、ECストア運営、サイト構築・運営に関わってきましたが、これからは
AIかもしれない。
ドローンかもしれない。
地域の何かかもしれない。
講師業かもしれない。
あるいは、今は名前すら知らない何かかもしれない。
そして一番ありそうなのは、
3年後には、今存在していない新しいおもちゃに夢中になっている。じゃないかな?と思ってます。
結局、“大美和博”とは何者なのか
今回、AIとたてヨコの方々に自分を分析してもらいました。
AIは、
「未来を先に遊んで、面白かったものをみんなに配る人」
と言いました。
たてヨコのみなさんは、
「永遠の夏休み」
「好奇心の悪魔」
「少年のような好奇心おばけ」
「愛媛で一番もの好き」
「ATフィールドZEROのエヴァンゲリオン」
などと、実に好き勝手なことを言ってくれました(感謝!)。
でも、不思議と全部つながっています。
だから今、自分で自分を一言で表すとしたら、
「おもしろきこともなき世を、誰より面白がって生きている人。」
なのかもしれません。
見た目はおじさん。
心は少年。
頭の中にはAI。
たまにドローンを飛ばし、
ガンプラを作り、
新しいガジェットを見つけるとニヤニヤする。
あと3年で定年。
でもたぶん、そのとき私の頭の中に浮かんでいるのは、
「さて、余生をどう過ごそう」
ではなく、
「これから何して遊ぼう?」
でしょう。
会社員としてのOSには、いずれサポート終了日が来るかもしれません。
でも、
大美OSの「好奇心自動アップデート機能」は、今のところ停止予定なし。
むしろ死ぬまでベータ版。
知らないものを見つけて、
触って、
失敗して、
笑って、
面白かったら誰かに見せる。
そしてまた、
「これ、面白いよ。ちょっとやってみん?」
と言っている。
たぶん、それでいいんだと思います。
ということで。定年まで、あと3年。
人生の次期大型アップデートに向けて、特にロードマップはありません。
さて。次は何して遊ぼうかな?
ぜひ面白そうなことがあれば、お声がけください。全力で楽しませていただきます、私が。

アンケートにご協力いただきました石本さん、稲見さん、岡野さん、岡田さん、岡部さん、越智さん、京岡さん、久保さん、児玉さん、小松さん、白石さん、町田さん、テイトさん、naganoマンさん、中村さん、西村さん、松浪さん、三浦さん、山田さん、柳田さん(五十音順)、ありがとうございました!



























