Column

たてヨコラム

たてヨコメンバーによるフリーテーマのコラム

子どもに期待することは、自分のできていないこと

自分が伝えたい事、教えたいこと、共有したいこと…

それらを活動を通して子どもたちに伝えてきました。

その中で自分で気づいたことがあります。

それは、自分ができてないことを、子どもたちを通して叶えてもらおうとしているということ。

「一人ひとりみんな可能性を持っている。」

「できる、て思うことが大事、できるよ。」

なんて言いながら、では自分はどうなのだろうと思ったのです。

子どもの時から、持ち続けている志もあるけれど、果たしてそれを実現させるために挑戦してきただろうか、そして今も挑戦しているだろうか。

子どもに伝えながら、自分自身挑戦できてないじゃあないか、と。

子どもたちに言いながら、自分に言いたいことだと最近気づいた近藤です。

進む教育改革

教育学部卒業から約20年。教育改革の必要性は私が大学生だった時から言われ続けていますが、最近やっと大学で学んだ探求学習や、ESD(持続可能な開発のための教育)に代表される、問題を自分事と捉え、自分で考え、自ら行動に移す教育が各学校教育に取り入れられ始めました。

私は、学ぶのが大好きですが、中高の試験や受験のために勉強するのが嫌いな生徒でした。テレビのニュースを見ては、世界で起こっている戦争やアフリカの飢餓の問題が起こっているのに、学校でどうしてこれらを取り上げないんだろう。政治や経済、お金のことちっともわかってないのに、社会に出て私は大丈夫なんだろうか、なんて思っていました。

そんな私は、先生になって子どもたちや生徒と色んな世界や社会の問題について一緒に考えたいなと思うようになりました。大学では、各国の教育制度や、フィンランドでの探求学習の取り組みや、学校教育現場での課題を学びます。それらを学びながら、先生になったらあれこれしたいと期待を膨らませた一人です。では、なぜ先生にならなかったのか。

それは、教育実習に行って今の学校では働きたくないなと思ったからでした。

先生という立場に自分が立った時、尊敬の対象だったものが自分と同等の立場になったのです。

先生の社会も縦社会で、大学で学んだことが活かされる環境にない。子どもと同じ目線じゃない。子どもに教壇から教えるという立場で、子どもと一緒に学ぶという関係にない。その時の教育実習生である私には、学校の先生という職業がそんな風に見えました。そうしてずっと教育分野に興味を持ち続けて今に至ります。

社会や文部科学省に文句を言うより自分で行動しちゃえ、と思い始めたのがばーりースクールです。

そんな中で、公立学校にESDや探求学習が取り入れられるのはとてもうれしく思っています。

今までの教育は、先生から子どもや生徒たちへの知識のトップダウン方式。学校の学びを通して共通の理念、価値観を共有する社会集団を生み出してきました。学校で教えることには、社会が望むことが反映されます。今まではその教育でも通用したのです。でも今は、変化に対応できる柔軟な思考や多様な価値観を持つことが大切でそれらを育てる教育が求められています。一人ひとりの人生の在り方が変わり、社会が変化の時でどの方向に向かっていくか未来予測ができずこうしたらいいよ、という正解がないからです。ですので探求学習で自分で答えを導いていける力や、ESDで自分で考え自分の行動に移せる力を身に着けるのは大切なこと。

でも、ちょっと気になること

それは、大人たちの望む子どもたちを作るために教育があること

私たちはどこかで子どもたちを信頼できていない。子どもには社会や環境に対応できる柔軟な能力があり、吸収力も高いのを私たちは知っています。しかし、これをした方がいい、あれはしてはいけない、とその子にとってではなく、これをする方が世間的には良いからと大人目線で考えてしまいがちです。

例えばSDGs(持続可能な開発目標)に関する教育、ESDもこうするべきだを押し付けているかもしれないと思います。

社会のできごとは白黒はっきりできるものはまずなく、一方を取れば一方が駄目になることもしばしば。決まった答えはなく、立場や国が変わればやり方や取り組むべき問題も変わります。私はSDGsは、様々な社会課題がある中で、社会と自分、自然と自分、他者と自分、それぞれ何が自分にとって何が幸せかを考える指針であると捉えています。多様な考え、価値観の中でのよりよい未来への探求

そう考えた時、ただSDGsの価値観や起こっている問題を学校で教えるだけでは今までの教育と変わらないなと思うのです。

子どもたちと関わって子どもたちが欲していると思うことは、自然の中でおもいっきり遊ぶこと。ゲームも好きですが自然の中での遊び方を知った子どもたちは生き生きしています。流れ星を発見したり、創作をとおして自分が表現したものの美しさに感動したり。子どもたちの目の輝きが変わるのです。これらを一緒に体験して思う子どもたちに必要なことは、子どもたち自身が自分自身を信頼できることです。子どもたちが自分を思いっきり表現して、認めてもらえる場所の大切さを感じます。そして自分が得た感覚に信頼を寄せられること。そこには大人の干渉があるべきではないなと思ったりします

カナダの学校で教鞭を取る日本人の先生とのお話

先週、カナダの私立学校で数学を教える日本人の梅木先生とZoomでお話をしました。

カナダでは個々の能力や表現力を大切にするための教育が行われています。

梅木先生と話したことの一つに、例えばSDGsの4番目の目標である、質の高い教育って何?ってカナダと日本の子どもたちに聞いたらどんな答えが返ってくるかがあります。梅木先生と共通に思ったのは、カナダの子どもたちからは自由にいろんな意見がいっぱいでてくるだろうということ。例えば、設備が整っている、成績の良い子が多い、移民の人にも平等な教育など。では日本の子どもたちはどうだろう、と。おそらくカナダの子どもたちに圧倒されるだろうと話しました。多様な考え方や価値観を認め合える環境も大切です。

日本の社会にはたくさんのこうすべきがあるように思います。イギリスで働いている友達が言っていました。イギリスにいる多くの日本人がこう言うのだと。「イギリスで暮らす方が楽だ、日本のようにこうしなきゃがないから。イギリス人は自然の流れにまかせた生活をしている」と。

私たち大人は、知らない内に子どもたちにこうしなきゃを押し付けて、個々の能力を潰してしまっているかもしれません。

子どもたちの個々の能力が活かされ、問題を自分事と捉え、自分で考え、自分で行動できるように、多様な価値観を認め合い自分と他者の幸せを願える子になるように、引き続き教育について考えていきたいなと思います。自分自身、成長しながら。

最近参加、または読んでおもしろかったものを下記を紹介させていただきます。

よかったら見てみてください。

1,フリースクールから学ぶ新しい教育の在り方:

「ユニークな学校」はどう生まれるか? – 映画「夢みる小学校」を題材に -(「未来の教室」キャラバン2021#5) 

2,ご紹介したい本:

『アメリカインディアンの教え ~子どもを伸ばす魔法の11か条~』

下記11か条について詳しく説明がなされ、ハッと自分自身の本性に気づかされます。

  • 第1カ条 批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします
  • 第2カ条 敵意に満ちたなかで育った子は誰とでも戦います
  • 第3カ条 ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
  • 第4カ条 ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
  • 第5カ条 心が寛大な人のなかで育った子はがまん強くなります
  • 第6カ条 励ましを受けて育った子は自信を持ちます
  • 第7カ条 ほめられるなかで育った子はいつも感謝することを知ります
  • 第8カ条 公明正大ななかで育った子は正義心を持ちます
  • 第9カ条 思いやりのあるなかで育った子は信仰心を持ちます
  • 第10カ条 人に認めてもらえるなかで育った子は自分を大事にします
  • 第11カ条 仲間の愛のなかで育った子は世界に愛をみつけます

以上、近藤でした。

ABOUT ME
近藤 久仁子
私が世界の環境問題と戦争、貧困に興味を持ったのは小学校高学年の時。中学生・高校生になるにつれて、なぜ学校ではニュースでやっていることを勉強してないのだろう、もうすぐ一人で住むのに社会で必要なこと学べているのか、と思うように。 子どもたちと世界の問題について考えたいと、大学は教育学部に進学。在学中に小中高の教員免許を取得。しかし、小中学校の実習で学校では教えたいことが教えられないと実感。学校外教育を模索。2009年カナダに短期留学とワーキングホリデーへ。2012年東北へ震災のボランティアへ行ったあと必要性を感じ『忘れない東北被災地プロジェクト』を立ち上げ。愛媛県人8000人・500円の力でカンボジアに学校を建てようプロジェクトに参加。一人一人へ声をかけ3か月で108名の500円を集める。現在ばーりースクールを立ち上げ、仕事の合間に地球と子どもたちの未来をつなぐファシリテーターとして奮闘中。 趣味は、スポーツ、絵画鑑賞、ピアノ、博物館見学、企画すること。 今治在住のフィリピンの友達とのバスケットボールは7年前から。 ネパール支援、ブレインアナリスト、SDGsビジネスマスター(アクションカードゲームクロス)
PHP Code Snippets Powered By : XYZScripts.com