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”勉強”って何だろう?

マスメディアでコンテンツ制作を担当している兒玉と申します。
職業柄、「そもそも○○とは?」と考える機会が多いこともあり、コロナ禍で家に閉じこもっている際にふと考えていたことをつらつらと書いてみます。

① 1日平均6分

突然ですが、何の数字か、おわかりでしょうか?

実は、総務省統計局の「平成28年社会生活基本調査 -生活時間に関する結果-」に出てくる数字でして、「有業者が「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」に費やす1日の総平均時間なんです。

このデータ、「日本の社会人は勉強しない」という文脈で引用される機会が多いのですが、私自身もその一人であるため、正直目を背けたくなる数字でもあります。
でも、天邪鬼な私は、「1日平均6分」ではない部分について考えてみることにしました。

「そもそも”勉強”って何だろう?」

② 「勉強=+」?

とはいえ、自分の頭だけで考えても埒が明かないので、とりあえず辞書を調べました。
最近は、辞書アプリという便利なものがあるので、その一つ大辞林」で検索してみると、以下の4つの意味が出てきました。

 ① 学問や技芸を学ぶこと。
 ② 物事に精を出すこと。努力すること。
 ③ 経験を積むこと。
 ④ 商人が商品を値引きして安く売ること

「商人が商品を値引きして安く売る」なんて意味があるのかと少々驚きつつも、ここで検索を止めず、①の意味にある「学ぶ」についても大辞林」で調べてみることにします。
すると・・・

 ① 勉強する。学問をする。
 ② 教えを受けたり見習ったりして、知識や技芸を身につける。習得する。
 ③ 経験することによって知る。
 ④ まねをする。

という意味が出てきました。

これ以上は堂々巡りになりそうなので、検索の手を止めて、これらの意味の共通点を探ってみます。
すると、多くに共通するのは何かを「プラスしていく」という点になります。

ここまでは想像の範囲内だったので、今度は「勉強」そのものについて考察しているコラムや本がないかと探してみると、まさにビビッと来る本を見つけました。

③ “勉強とは、自己破壊である”

なかなか衝撃な見出しですが、
これは私が出会った本にたびたび出てくる文言です。

その本のタイトルは、『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(千葉雅也 著/文藝春秋)

著者の千葉先生は哲学が専門で、
現在、立命館大学大学院先端総合学術研究科で准教授をされています。

千葉先生はこの本の中で、僕らが考える「勉強」とは違う側面を示してくれます。

例えば、
「勉強とは、喪失することである」
「勉強は、むしろ損すること」
「勉強とは、これまでの自分を失って、変身することである」
、などなど。

その中の一つが見出しにある「勉強とは、自己破壊である」という言葉なのです。

正直、この本のすべてを理解できているとは到底言えないので、この言葉の意味するところを知りたい方はぜひ『勉強の哲学 来るべきバカのために』を一読してみてください。

ただ、少なくともいえることは「何かをプラスする作業」というのは、どうやら「勉強」の一つの側面に過ぎないみたいです。

④ “人間、勉強しなくなったら、おしまい”

まるで某有名バスケ漫画に出てきそうな言葉ですが、千葉先生の『勉強の哲学』を読んでいるとき、ふと頭に浮かんだ言葉です。

誰の言葉かといいますと、実は、母の言葉になります。

私には弟がいるのですが、その育て方について母は少し後悔していたらしく、ある日、「どこかであなたと同じように育てればいいと思っていたけど、その結果、弟に負担を強いてしまった。今思うと、母親としての勉強をやめてしまった時点で、私は母親ではなかった」と私に語ったのです。

そして、その反省のもと、私に諭すように「人間、勉強しなくなったら、おしまい。だから、章吾(私の名前です)、人間は一生勉強よ」と語ってくれました。

当時は単純に「勉強しないとな!」とぐらいにしか思っていたなかった私ですが、『勉強の哲学』を読んで、私の座右の銘になりました。
というのも、母の言う「勉強」には「プラスしていく」だけでなく、「自己破壊」の意味合いも含まれていたのではないかと考えたからです。
(母には確認できていませんので、実際のところはわかりませんが・・・)

⑤ 最後に

誤解してほしくないのですが、決して「プラスしていく」という意味合いの「勉強」を否定するつもりは毛頭ありません。
むしろ、大人になってからの「勉強」にことごとく挫折してきた私としては、忙しい中でも新しい言語や資格を取得されてきた方々に敬意を表します。

ただ、「勉強」にもいろいろな側面があるように、当たり前に捉えていることこそ、ときには少し視点を考えてみることが大事なのかもしれないと思う今日のこの頃です。

ABOUT ME
兒玉 章吾
1984年、両親のアメリカ転勤中に生まれる。 6歳で帰国後、神奈川、千葉を経て、京都の大学に進学(心理学専攻) 部活に熱中しすぎたため、1年の留年したのち。現在の会社に就職。 3年前、転勤で愛媛県に来てからは、ライフワークの防災・福祉・介護の取材を中心に、地元の人々と一緒に地域活性化する企画立案を模索中。