Column

たてヨコラム

たてヨコメンバーによるフリーテーマのコラム

エッセイ

本当に手に入れたいもの ~メーテルへのオマージュ~

はじめまして。奈良原裕と申します。私は愛媛県出身ではありませんが、たてヨコ愛媛さんの前身であるNewsPicksユーザーグループ愛媛の関係でご縁をいただき、日頃はみなさまのコラムを楽しく拝見しております。はじめに、簡単に自己紹介をさせていただきます。

私は、私立の文系大学を卒業後、社会人として4年半働いたのち、国公立医学部へ再入学して35歳で医師となりました。その後は、研修医、外科・救急を経て心臓血管外科の道へと進み、現在は横浜市にある病院で心臓血管外科部長として開心術(心臓手術)を主に担当しております。

左側の黒いサージカルルーペを付けているのが私です。サージカルルーペで見える範囲は直径8cm程度。焦点深度も9cmくらいなので、少しでも頭を動かすと視野から外れてしまいます。手術中はその狭い視野を100,000ルクスもの明るさの中を何時間も見続けています。

さて、サラリーマンから心臓血管外科医となったやや異色な経歴の私ですが、「雇われ感あり」、「ノルマ感あり」という意味では何も変わっていない気がします(笑)。ただ、心臓血管外科という仕事柄、自分の身体のコンディショニングに気を使ったり、患者さんを診ていて感じていたりすることがあります。今回、このたてヨコラムを担当させていただくにあたり、心臓血管外科医として感じている『身体』のことについて、拙文にて恐縮ではありますがコラムとして書いてみたいと思います。みなさま、どうぞよろしくお願い致します。


本当に手に入れたいもの(いきなり本題)

たてヨコのみなさまの平均年齢は30~40歳くらいとお聞きしています。みなさまは、働き盛り世代で、情報感度が高く、人生を積極的により良くしようと考え行動している。たてヨコはそんなポジティブマインドに溢れた人たちの集まりだと、日頃からそう感じています。そんなたてヨコのみなさまにとって…

今、本当に手に入れたいものは何でしょうか?

誤解を恐れずに言えば、収入、社会的地位、承認欲求など世間的には満たされているであろうみなさまにとって、今、本当に手に入れたいものは何でしょうか?

本当に手に入れたいもの。それは、”人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち”でいられることではないでしょうか。

人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち

それは、心に余裕を生み、優しさや思いやりに満ち、考えを前向きにし、人と協力し合っていける土台みたいなもの。そんな素敵な心持ちでいるには、どうしたらなれるのでしょうか。収入や社会的地位や承認欲求がそれなりに満たされても今ひとつそこまでの気持ちになれないのはなぜでしょうか。

私は、どうしたらみなさまが”人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち”でいられるのかまではわかりません。しかし、そのベースとなる『壮健な身体』については、心臓血管外科医としての経験を通じて思うところがあります。

歩いていて軽い身体、座ったときお腹のぜい肉が気にならない身体、快便でスッキリな毎日、もちろん血圧やコレステロールを気にすることもなく、できれば癌など将来の病気への不安も減らしたい。

働き盛りで社会的責任も大きいみなさまにとって、手に入れたくて、そして、きちんと意識すれば実際に手に入れられるもの。それは”人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち”のベースとなる『壮健な身体』ではないか、と私は思っています。

今はまだ、「定期的に通院して薬をもらっています」という方はそれほど多くはないかもしれません。けれども、上述したような『壮健な身体』は失いつつある…そのような方は多いのではないでしょうか。そう、失いつつあるのです。

10代、20代の頃は、何をしたって健康そのものです。ところが、30代、40代になると次第に身体の重たさやだるさ、疲れを感じるようになります。ましてや50代以降になると…。

次のグラフは、年代別の通院率を表しています。この厚労省データによると、今の日本では55歳くらいになると2人に1人は何らかの理由で病院に通い始めます。

この通院理由についても調査されています。男女ともに高血圧症が多く、次いで男性では糖尿病、女性では脂質異常症(高脂血症)が続きます。高血圧症や糖尿病、脂質異常症と聞いて思い浮かぶのは「生活習慣病」という言葉です。この言葉の意味するところは、生活習慣という“環境的要因”によって引き起こされる病気という意味です。

次の図は、各病気の環境的要因と遺伝的要因との関係を大雑把に表したものです。ほとんど病気は両方の因子が関与するわけですが、高血圧症、動脈硬化、一般癌などは、遺伝的要因より環境的要因の関与が高いと言えます。そう、意外かもしれませんが、高血圧症などの生活習慣病はもちろんのこと、一般的な癌であっても遺伝的要因より環境的要因の影響の方が強いのです。

話は少し変わりますが、日本という国は衛生環境が極めて良いので、コレラやマラリアなどの感染症に苦しめられることはほぼありません。先進国に住む私たちを苦しめている病気は、癌か血管疾患です。血管疾患とは、脳梗塞、心筋梗塞に代表される血管を原因とした病気です。血管疾患は動脈硬化を原因とすることが多く、動脈硬化は高血圧症などを原因とし、そして、高血圧症は肥満やストレスなどいわゆる生活習慣を主な原因とします(これは取りも直さず、遺伝的要因による致し方ないものではないということです)。

では、日本というこの豊かな環境にいる私たちは、いつから自分の健康を気にかけるようになり、実際に行動に移すようになるのでしょうか。それは65歳以上からということが厚労省の調査研究からわかっています。65歳くらいになると自分や配偶者が重い病気にかかって入院や手術が必要となり、ようやく大病を自分事として意識出来るようになるというわけです。

ここまでの話を少し振り返ってみます。

10代、20代は何をしていても身体の不調はそうそう感じない。30代、40代になると身体が重たくなり心地よさが失われつつある。55歳になると半数が毎日薬を飲むようになり、65歳になると自分や配偶者が大病を患う…。そして、これらは遺伝子ではなく生活習慣が大きく影響している。もうみんなこのパターンなのです。残念ですが断言します(苦笑)。

さてもう一度、お聞きします。みなさまが今、本当に手に入れたいものはなんでしょうか?

人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ちのベースとなる『壮健な身体』なのではないでしょうか?

前段が非常に長くなってしまいましたが、後半はこの『壮健な身体』を手に入れる方法についてお話していきたいと思います。

トレーニング歴4年。先日、51歳になりました。自宅にトレーニングスペースまで設けてしまいました。


心臓血管外科について

さて、『壮健な身体』を手に入れる話の前に、心臓血管外科という診療科について少しお話させていただければと思います。

心臓血管外科は、他の診療科と比較してやや特殊な側面があります。それは、人の命に直結する分野というだけではありません。その意味では、消化器外科、脳外科、循環器内科なども生命を左右する治療をしています。しかし、どの診療科も「心臓は動いたまま(生きたまま)」手術やカテーテルなどの治療を行っています。一方、心臓血管外科だけは「心臓を止めて(この間は死んでいる?)」治療を行います。開心術では、心臓を止めている間に血管や心臓弁などをつないだり取り替えたりします。だから、もし、手術がうまく出来なかったとしたら患者さんはその場で死亡します(術中死 table deathと言います)。心臓血管外科の手術には、一旦進んだら絶対に引き返せない一線というものがあります。

そのような手術を冷静に、麻酔科医、看護師、人工心肺技師などと連携して、時には後輩を指導しながら行わなければなりません。しかも、入念に準備をしてから出来るケースばかりではありません。自宅でリラックスしているときにも突然、救命センターに患者さんはやってきて、緊急手術の準備に取り掛からなければならないときがあります。開心術の平均所要時間は4~6時間、ときには10時間以上かかるような手術もあります。執刀医にとって壮健な身体とそれがあるからこそ可能となるコンディショニングは極めて重要です。

人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち”のベースとなる『壮健な身体』を手に入れる。そのために、結論から言うと以下の6項目が重要だと考えています。

  1. 適度な運動習慣をもつこと。
  2. 太らないこと。
  3. 腸内環境を整えること。
  4. 口腔ケアを意識すること。
  5. 精神衛生に気をつかうこと。
  6. 1〜5を遅くとも 40 歳代から実践すること。

上記に対する医学的エビデンスはありません。しかし、心臓血管外科医として自身のコンディショニングや数多くの患者さんたちの後悔を目の当たりにしてきた私自身が心の底から強く感じていることです。もしも、ここまで読んでくださったみなさまが、『壮健な身体』を手に入れたいと本気で思っていただけたのであれば、以下の各論を読んでいただき、それらを実践するために優先順位を上げて取り組んでいただければと思います。

①適度な運動習慣をもつこと

適度な運動習慣の「適度」は量も頻度ももちろん人によって違います。ただ、量としてはその人なりに疲れたと感じる程度を、頻度としては週に2回以上、出来たら3回以上が望ましいです。例えば、テニススクールなどの習い事ですと週に1回ということが多いと思います。しかし、これでは頻度としては足りないため、週2回にするかもう1つなにかをする必要があります。実際問題、仕事で忙しいたてヨコのみなさまが優先順位をすごく上げたとしても決められた時間を週に2回も3回も運動に割くのは難しいと思われます。私のおすすめは24時間トレーニングジムに通うことです。私の場合は、午前2時45分に起きて3時20分頃から1時間半程度のトレーニングを週に3~5回行っています。

②太らないこと

まず初めにすべきことは、自分の日頃の摂取カロリーを知ることです。そして、それがタンパク(P)質、脂質(F)、炭水化物(C)のそれぞれを何gずつ摂っているかを把握しなければなりません。食物のPFCの量を知るのにはFatSecretというアプリがとても便利です。一日の摂取カロリーを記録する習慣を身につけることが太らないことの第一歩になります。今より痩せたい方は、まず摂取カロリーを200kcal/日は減らしてください。そのとき、タンパク質は減らさずに脂質と炭水化物を減らしてコントロールすることが大切です。

一般的にイメージされる1食は、エネルギー過多だと思って間違いありません。スリムな身体を維持するのに実はそんなに多くのカロリーは必要としないのです。基礎代謝とか活動係数とかいろいろありますが、それよりも「いま一日に平均何キロカロリー摂っているのか」、「摂取カロリーを200kcal減らしたら体重がどう変化したか」を意識することから始まります。

③腸内環境を整えること

便秘や下痢ですが、特に便秘傾向にあるならそれをそのままにしないことです。初めに試していただきたいのが食物繊維を意識して摂ることです。イージーファイバーなどのサプリを利用するのがてっとり早いと思います。それに、漢方薬や乳酸菌製剤で排便を自己調整します。医師に処方してもらうのが一番良いですが、難しければ市販薬でも構いません。毎日、少なくとも2日に1回は排便があるように腸内環境を整えます。私は、便秘気味体質だったのですが、これを実践することで今では便秘でお腹が張るといったことはほぼなくなっています。

④口腔ケアを意識すること

口腔ケアとは、虫歯はもちろんのこと歯周病を出来るだけ予防し、口腔環境をきれいに保つことです。口腔環境の悪さは多くの病気に直結します。自宅でのケアと歯科医院でのケアの両方が必要となります。自宅でのケアとしては、口腔洗浄器の使用がおすすめです。食後はもちろん、食間でも歯磨きと口腔洗浄器による歯間の洗浄を行います。歯科医院では1〜2ヶ月に1回程度、歯石除去を行ってもらいます。

⑤精神衛生に気をつかうこと

ここで言う精神衛生は、自分自身と家族、友人、知人を含みます。言い換えれば、人間関係そのものです。良好な人間関係は、人生への満足感や幸福、健康など心身両面でポジティブな効果をもたらすことが研究で示されていることは有名です。どうしたら良好な人間関係を築けるのかは簡単に記せるものではありませんし、そもそも答えのないものでしょう。どうしたら良いかは難しいですが、ただ、「いつも自分はそれを望んでいる」ということを忘れない心持ちでいることはとても大切だと思います。

⑥1〜5を遅くとも 40 歳代から実践すること

大病を患う65歳から意識したのでは遅いのです。『壮健な身体』は、30代以降から徐々に失われつつあるからです。30代はもちろん、40代、50代、それ以降でも、”人生日々、晴れ晴れと爽やかな気持ち”のベースとなる『壮健な身体』を出来るだけ維持してください。そのベースがあれば、毎日はより楽しく、より刺激を感じ、よりクリエイティブな気持ちになれるのだと思います。


銀河鉄道999

唐突ですが、松本零士原作の銀河鉄道999は、みなさまご存知でしょうか。私の大好きな作品です(笑)。ご存知ではない方のために少しだけ解説致します(笑笑)。

主人公の星野鉄郎少年は、母を機械化人間に殺され、母の分も生きるという約束のため、永遠の命である機械の身体を手に入れようと銀河鉄道999号で謎の美女メーテルと宇宙を旅をする物語です。999号が停車していく惑星で起こる様々な出来事を通して、鉄郎は永遠の命が最上であると思っていた価値観が揺らいでいきます。機械化人間たちが、鉄郎の若くて、健康で、生身の身体を欲しがるのはなぜか。旅を続けていく中で大人へと成長していく鉄郎に機械の身体が本当に欲しいのか、メーテルは時々問いかけます。

最後に

銀河鉄道999は、今から44年前の1977年に連載が開始されました。物語の設定は西暦2221年とのことですのでもうあと200年後に迫りました。ただ、私たちが機械の身体を手に入れるのはちょっと間に合いそうにありません(笑)。けれども、もしそれがもう少し早く手に入ったとしても、やはり、生身の『壮健な身体』の方が機械の身体よりも価値があるのかもしれない、私はそんな風に空想したりしています。

冒頭で、「たてヨコのみなさまは、働き盛りで、情報感度が高く、人生を積極的により良くしようと考えている」と書かせていただきました。そのみなさまが、今よりプラス10歳となっても、プラス20歳となったとしても、毎日が活力に満ちていて、1分1秒を惜しむように人生を楽しまれていることを願っております。

本当に手に入れたいもの 〜メーテルへのオマージュ〜

拙文を最後までお読みいただきありがとうございました。このコロナ禍が一日でも早く収まって、愛媛でみなさまとお会いして笑いながら食事が出来る日が来ることを切に願っております。

ABOUT ME
奈良原 裕
1970年生、東京都出身。 中央大学法学部を卒業後、三菱石油株式会社を経て高知大学医学部へ再入学。外科・救急を学んだ後、心臓血管外科の道へと進む。2014年冠動脈バイパス手術コンテスト優勝。現在、菊名記念病院心臓血管外科部長。 株式会社馨代表取締役。佐久穂町立千曲病院循環器科非常勤医。TDCX Japan株式会社嘱託産業医。ロシア法人MTC Japan顧問医師。
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