Column

たてヨコラム

たてヨコメンバーによるフリーテーマのコラム

エッセイ

アイラブユーの言葉じゃ足りない

「トヨタって、愛媛出身だっけ?」

東京で暮らして約15年で、2000回は言われてきたであろうこのセリフ。
私が愛媛県で過ごしたのは大学時代のたった4年間だけど、出身地を勘違いされるたび、自己紹介で必ず愛媛のくだりを入れてきたんだなと実感します。

まあ、簡単にいうとそれくらい、愛媛が好きってことですね(照)。

岡山県で生まれて高校までの18年間を過ごし、東京で15年余りの社会人生活をおくり、そのキャリアの中の7年ぐらい日本全国の「地方」に関わってきました。

愛媛には、私を魅了してやまない何かがある。でも、それは一体なに?

これは、私の単純な“だって好きだもん”に、「なぜ」を5回繰り返して書き起こした(トヨタだけに2021年時点の愛の記録です。

「好き」という極めて個人的で定性的な話を、できるだけ納得感のある情報でお届けしたいと思っています。思い出補正や、勝手な思い込み、情報のアップデートができていない部分など多数あると思いますが、一方的な愛の話に、ひとつお付き合いください。

愛媛県を訪れたことがない人に、魅力が少しでも伝わるといいな。

私が愛媛を好きな理由1:文学が生み出される聖地で、創造スイッチが刺激される

日本の地方の中には、自然が生み出す絶景や、歴史的な建造物が残るエリア、再開発を繰り返し若者が多く集まる街並みや、古くからの都市計画できっちり区画整理されたエリアなど、地域によって異なる表情があります。「山や海といった自然にあふれていながらも、ほどよく都市にも近いエリア」を魅力として打ち出す地方都市はたくさんありますが、愛媛県って一体どんな特徴や魅力があるのでしょう。

私が大学時代を過ごした松山は、夏目漱石の代表作『坊ちゃん』の舞台であり、司馬遼太郎が書いた『坂の上の雲』の主人公・秋山好古、真之兄弟が過ごした町であります。小説に描かれる愛媛の町並みは、登場人物たちの生き生きとした行動や表情とともに頭の中に彩りをもって現れ、その景色は現在にも通づるものがあると感じさせられます。

大学時代に「松山にいるからには」と図書館で小説を借りて読み、情景と主人公たちの行動に思いを馳せたものです。

日常に暮らすこのエリアを物語の主人公たちが生きてきたのかと思うと感慨深く、聖地巡礼とまではいかないまでも、物語が生まれるまちに暮らす贅沢を実感していました。

さらに正岡子規や高浜虚子の生地であり、かの俳人たちは、愛媛の景色や出来事に触れ、現代にまで残る一句を詠んできました。

柿くえば 鐘がなるなり 法隆寺

あまりにも有名なこの一句。いやこれ、愛媛の句ではありませんね笑

何がいいたいかって、愛媛には五七五の限られた字数で世界を表現する“俳人”という、感性の極みのような人材を育成し輩出する、磨かれた環境があるということです。

ちなみにテレビ番組『プレバト!』の俳句コーナーでお馴染みの夏井いつき先生が愛媛県出身と聞き、妙に納得したのは私だけでしょうか。

まちを歩いていると思わず一句詠みたくなっちゃう情景がある、一句に限らずクリエイティブな発想が生まれてくる、それが愛媛なのかもしれません。

私が愛媛を好きな理由2:マニア心をくすぐる工業地帯の夜景

大学時代の思い出のひとつに「真夜中のドライブ」って全世界共通であると思うんですが、皆さんいかがでしょう?

私の場合、目を瞑ると思い出すのが、夏の夜風に吹かれながら見た、今治の製油所の情景です。うしろにはケツメイシの「夏の思い出」が流れます。

通称:ウルトラマン基地というのも納得で、ノスタルジックで幻想的な景色は、疲れたときにフラッと訪れてずっと見ていたい。北九州を訪れたときも工場夜景を見て萌えましたが、今治の製油所のウルトラマン基地っぽさには敵いません。

産業が生み出すまちの情景は、情緒的で美しい。機械や煙突が並ぶ中にも、人の息遣いを感じます。

ちなみに、今治市のある「東予」と呼ばれる愛媛県の東側エリアは製造業が多く、まち全体でものづくりをしている力強さを感じます。

夜空に浮かぶ工場のシルエットがかっこよくて、ずっと忘れられなく、東京から友人を連れて愛媛に遊びにきた時にも「観光スポット」として訪れました。ちょっとよくわかんないなって顔されました。

私が愛媛を好きな理由3:ラブプリンセスなKAWAIIカルチャー

愛媛は、とにかくかわいいです。

まず、県名がかわいい。愛のある姫って、某プ◯キュアなんかが好きな層の方々にとっては、最高なんじゃないか。

「アウト!セーフ!よよいのよい」でおなじみの野球拳は、松山が発祥の地と言われますが(本家は脱がない)、松山まつりで知った野球拳の歌や踊りもかわいくて、愛媛は古(いにしえ)よりずっとKAWAIIできてんのか…と打ちひしがれた記憶です。

しかも、『坊ちゃん』の影響を受け、「マドンナ」の愛称が土産物や特産物などに付けられているのもかわいいです。

私の大好物のみかんは、フォルムも色も名前もかわいい(これはもう感性の問題)し、今治タオルの佐藤可士和さんのロゴもかわいい。

愛媛を誇るゆるキャラの「みきゃん」「ばりぃさん」、そして野球が「の・ぼーる」なこと、などなど。
世界に通ずるKAWAIIカルチャーは、愛媛から発信してもいいのでは?というくらい。すべてがかわいいでできています。

私が愛媛を好きな理由4:方言が可愛い

好きな理由3で、散々かわいい、かわいい、と言い散らかしましたが、これだけは言わせてください。

伊予弁は、可愛い。

「ほやけん」
「いってこーわい!」

愛媛を初めて訪れる皆さんは、きっと女子が話す伊予弁に、グッと心を掴まれることでしょう。

私も、若干18歳の「女子」と自称して差し支えない時に、初めて聞いた伊予弁が可愛すぎて、「やば!」となり、モテの戦闘力の高さに慄きました。

ちなみに上記の伊予弁は、岡山弁では、それぞれ

「じゃけえ」
「いくで」

となります…。そう、なっちゃいます。
ちなみに「早くしてよ」は「はよーしねー」に変換されるため、大学生の時に愛媛出身の同級生に発言して、かなり怖がられました。

とにかく伊予弁は言葉自体が可愛いく、話すスピードもゆったりしている方が多い印象があり、愛媛の方が話すだけで場がとても穏やかに変わる印象。

ちなみに女子だけじゃなく、男性のつかう伊予弁も、力強くも柔和でグッときます。

私が愛媛を好きな理由5:ポートランドを彷彿とさせるコンパクトシティ

松山に住んでいた頃、私の愛車はチャリと原付カブ50cc。大学が市の中心部に位置することもあり、生活を送るのに必要な施設は、すべてチャリ圏内に集約されていました。

社会人になって初めて住んだ東京の街・吉祥寺も、基本徒歩で生活のすべてが完結する場所で、「なんだここ、松山じゃん」と思った次第。東京で「住みたい街NO.1」に選ばれてきた街は、コンパクトで若者が好きな文化(なんとなくオシャレ感)があることが前提なんだな、ということがわかりました。

それでいうと、家賃が半分くらいで住める松山は、全国規模で見たらだいぶ多くの人が「住みたい」と熱望する街なんじゃないかな、なんて思ったりして。

余談ですが私は、人生で10回以上引っ越しをしており、暮らす場所へのこだわりが結構強い方だと思います。また、そういった生き方をしているゆえ、基本モノを持ちたくない。

愛媛県内の他のエリアに住んだことがないのでわからないのですが、都市機能がコンパクトにまとまっている松山は、物をたくさん所有しなくてもシンプルに暮らせる場所であり、私のような価値観の人にはすごく合ってるんじゃないかなと思います。

病院や役所はもちろん、学校、商店街、温泉街、飲食街などがまとまっている松山は、老若男女、暮らしやすいと思います。

私が愛媛を好きな理由6:東西のお笑い文化のええとこどりやねん

大学時代、私は落語研究会に所属しており、そこでは関西の流派と関東の流派に分かれて、日々笑いについて研究しておりました。

個人的な感覚ですが、愛媛の言葉はどこか関西寄りながら、関東要素の強いお笑いのほうが県民にはウケる気がします。

言葉は関西、感性は関東、という感じでしょうか。品のある笑いが好きな印象。

愛媛県出身の今でも仲がいい友人たちは、ワードセンスが抜群で、どんなエピソードも品のいい笑いに仕上げてくれます。
これは私がオチケンにいたからかもしれませんが、まわりには笑いに貪欲な人が多く、常に笑わせてもらっている気がします。

お笑い大好きな私にとって、関東と関西の笑いのええとこどりができる土壌は、最高です。

私が愛媛を好きな理由7:裸の付き合いが余儀なくされ、本音で語れる仲間ができる

昨今、サウナで整っている人が多いですが、私はかれこれ18歳から整いまくってました!

「授業終わったら、銭湯いこう」

大学からチャリ3分の銭湯で、広い湯船でアツく語り合い、火照った体を冷水に沈めて頭も冷やし、とにかく無の境地に達するという生活が日常だったあの頃。

仲良くなったら、ご飯、家、その次は銭湯(温泉)が定番。道後という温泉街も近くにありますが、まち中にたくさん銭湯があるので、仲の良い子とはほぼ毎日のように、同じ風呂に浸かっていた気がする。

ぜーんぶ脱いで語り合ったら、心理的な距離感もずいぶん近づき、関係性もグッと近づく気がします。

愛媛に住んでから私はほんとうに風呂が大好きになり、街選びや家選びをするときに、「近くに銭湯があること」「お風呂が大きいこと」がかなり大事なポイントになっていたりします。

ハタチそこらの大学生が、気軽に銭湯に寄って裸で語らえる文化、最高じゃない?

私が愛媛を好きな理由8:オンリーワンをつくりやすい環境

ちなみに私が、大学進学に愛媛県を選んだのは、なぜか。

地元・岡山の子たちの選択で多いのは、ちょい都会の関西方面に行くパターン。
かくいう私も、進学先は関西のマンモス私立大学にするか、最後の最後まで迷いました。(実際に関西に家探しにも行った)

ですが、

1、地元→地元の大学
2、地元→関西の大学

というのはありがちな選択で、他の同級生の子たちと被った人生になっちゃうなと思ったこと。みんなと同じ選択をして、その先にどんなメリットがあるんだろうと考えました。

私が愛媛を選んだ理由は、ただ一点。他の友人が選択しない決断だったからです。

もしかすると、大きな都市のネームバリューのある大学を選んだ方が、優秀な先輩方の母数が多くて、その先の就職に有利だったりするのかもしれない。

でも、自分のまわりの子たちと似たような選択をするのが、どうしても嫌だったんだよな。

大学進学に限らず、愛媛は本州から離れている分、その他大勢のエリアの中から愛媛県が選択される導線って、正直今のところそこまで多くないと思います。
そして、そのこと自体が愛媛県にとっては(または愛媛県を選択して住んだり活動したりしている人にとって)現時点ではすごく強みな気がしています。

だって、誰とも被らないってことは、第一人者になりやすいから。

「迷ったらニッチを選べ」

……なんだか、私の人生をハードモードにする悪魔の囁きが聞こえてきました。

私が愛媛を好きな理由9:伝説が生まれる土地

なんとか10個書こうと思っている、私が愛媛を好きな理由も、やっと9つ目にきました。このあたりから好きな理由の掛け合わせでまとめに入っていきたいと思います。

エリアに対する印象は、そこで起きた出来事で決まると私は思っています。人との出会いや、そこでの経験、記憶に残る情景や、おいしかった食べ物など。

私が愛媛を好きな理由の最大の要素。それは、私が愛媛で出会い、一緒に過ごしてきた人たちが、大好きで最高に尊敬できるという「人」起因のところが大きいのだと思います。

東西のお笑い文化が根付いた土地柄(理由6)で、裸で本音で語れる関係性をもちながら(理由7)、文学が生まれるクリエイティブな風土(理由1)で過ごすと、何が起きるか。

本気でふざけ合える仲間とともに、オリジナルのストーリーをつくってこれたなと感じています。他人から見るとなんでもないことかもしれないけれど、個人としては伝説と呼べるぐらいのインパクトのある出来事を経験してきました。

愛媛のいいところは、そこに住む人たちの人柄にある。それは経験から確証していますが、これって実際に住んでみないとなかなかわからないもの。

私のこのブログを読んで、愛媛がちょっとでも気になった人がいたら、一緒に愛媛で過ごしてみましょ。きっと伝説ができるはず。

私が愛媛を好きな理由10:期待できるミライがある

ここまで、愛媛で暮らした過去を振り返りながら、自分に対して「なぜ?」を重ねてきましたが、好きな理由の最後は、「未来」に託したいと思います。

繰り返しになりますが、私が愛媛で過ごしたのはたった4年間。かなり昔の話であり、大学生という特殊な期間であり、さらにいうと松山市内の「点」のエリアの生活しか知りません。
それでも好きな気持ちを持ち続け、関わり続けたいと思った結果、タテヨコ愛媛というこのコミュニティに招いてもらいました。
県内外や社内外の関わりがもてるコミュニティがあるって、すごくいいなと思っています。

これからの、未来の話をしよう。

過去は過去で楽しかったけど、新しい人たちと、これからの愛媛をどうやって楽しくしていくか。そんな話を、内輪だけでおさまらず、外の人も巻き込みながら楽しんで進めていける状況ができていると思っています。

最後に。今回、個人的な話をした理由

企業が地方の拠点を作るとき。または人が地方に移住を決めるとき。

7年ほど、そういった瞬間に立ち会う仕事をしてきましたが、拠点となる場所を新たに決める際、「全国一位」のランキングや物価や家賃の安さなどの数値化された情報は、人の意思決定の決定打にはなりにくいと感じてきました。
その土地に暮らす人たちの、エリアへの愛着心や好きなところ、さらにどんな未来を描こうとしているのか、という定性的な情報のほうが、グッと心を動かされるのではないかと思っています。

長々と書いてきましたが、「好き」の力ってなによりも強いと思っていて、この気持ちで皆さんと一緒に愛媛の未来をつくっていきたいです。

▼これから私がはじめる事業です(8/30 プレオープン)。皆さまの忌憚なきご意見お聞かせください。
https://equalitypj.com

一人語りにお付き合いいただき、ありがとうございました。

次は、愛媛で会いましょう。

タイトルの元ネタはこれです。
ABOUT ME
豊田 昌代
愛媛大学を卒業後、東京で就職。リクルート、アイティメディア、ベンチャー企業などを経て起業。エンジニアの地方移住・転職を支援するシビレ株式会社で、5年間代表を務めたのち、2021年4月に同社を離れる。2021年7月より愛着のある愛媛県を第二拠点におき、愛媛に関わる人を増やすプロジェクトを始動。