小説

私が小説を書く理由

初めて気絶したのは3歳のときだった。
納屋の屋根から突き落とされた。
意識が戻ると私をぐるりと取り囲む、檻みたいな山肌が目に飛び込んできた。

「ああ、今日もダメだった」

私は心の中で呟いた。

山奥のご近所さんは、山猿みたいにやんちゃな男の子ばかり。

金槌(かなづち)で頭を思い切り殴られる。
ダンボールにつめられる。
朝礼台の下に閉じ込められる。
お手製の牢屋(ろうや)に入れられる。
鬼ごっこで追いかけられるのはいつも私。
気づけば竹の棒でビシバシ打たれていた。

何度ひどい目に遭っても懲りずについていったのは、彼らを友達だと思っていたから。

「バナナやるけん!」
「宝物を特別に見せちゃるわ!」
「俺らお前の味方やけんな!」

約束は毎回100%破られ、どこかに閉じ込められ痛い目にあってルーティン終了。
それでも学習しない私は、心の中でこう唱えていた。

「今日は駄目だった。 でも明日はきっと大丈夫」


ある日山に奇麗なお姉さんたちがやって来た。


お姉さんたちは優しくていい匂いがして、いつも遊んでる猿たちとは全然違っていた。

私は生まれて初めて鬼ごっこの鬼を拝命した。
常に追いかけられる側だった私が、追う側へ。

有頂天になった私は、思いっきりお姉さんの背中を叩いてしまい、全ては終わった。


お姉さんたちは空気の読めない私に愛想を尽かして山を下り、 私はそのときやっと悟った。




「ああ、私はもう駄目なんだ」


「そもそもダメじゃなかった日なんて1度もなかった」
「今日も明日も明後日も、これからずっとずっと永遠に、ダメな毎日が続いてく」

私は口がきけなくなった。
幼稚園に上がって人間関係はリセットされたが、新しい環境に馴染む勇気がなかった。
ただ息をするだけの毎日がスタートした。

ある日親戚の家にテレビがやってきた。
当時テレビを持つ家は稀(まれ)だったので、親戚一同を集めたテレビ(本体の)鑑賞会が行われた。



そこでアニメ「妖怪人間ベム」と出会った。


奇怪な容姿と声音を持つ妖怪たちは「人間になりた〜〜い」と叶わぬ夢を口にする。
その声が「友達が欲し〜〜い」に聞こえるくらい、私は人との交流に飢えていた。
友達が欲しい。話し相手が欲しい。
ひとりぼっちはさみしい。
家族的なコミュニティだけでは足りないから、妖怪人間も普通の人間になりたいんだ。
だから、種を飛び越え、しぶとく人間に関わっていく。

翌日、幼稚園に登園した私は、朝の点呼で名前を呼ばれ、「はい」と小声で答えてみた。
私の代わりにいつも通り、「はい」と叫ぶ準備をしていたうさぎ組の仲間たちは、一瞬驚き、次の瞬間、どっと湧いた。

みんな、私が口を開くのを待っていたのだ。

そのとき私は、未来なんて、自分の行動次第で一気に変わると学習した。
環境と付き合う相手を変え、自分自身も成長すれば状況はあっけなくひっくり返る。オセロの色が一瞬で変わるみたい、にグレーだった景色に色がついていく。


背中を押してくれたのは、物語の世界に生きる孤独な妖怪人間たち。
彼らのおかげで、視界がぱあっと開き未来に続く道筋が見えた。


それから、 ずっとホラーが好きだ。


漫画ならゲゲゲの鬼太郎、悪魔くん、デビルマン。
映画ならエクソシスト、ポルターガイスト、エルム街の悪夢、サスペリア。

そして小説。

ホラー小説にはとことんハマった。
キング・オブ・ホラーのスティーヴン・キングは私の神だ。

じゃぶじゃぶとシャワーのようにホラー小説を浴びまくった。

夢見る頃もおばさんになっても、嬉しいときも悲しいときも、私はホラー小説と共に生きてきた。

私の体は恐怖と悲鳴と血と暗闇で出来上がっていると言っても過言ではない。
それくらいホラー小説に耽溺した。

ホラー小説では、何も知らない無邪気な人たちが、運悪く奇怪なトラブルに巻き込まれ、勇気を持って立ち向かっていた。
人が恐怖と対峙し乗り越える姿は、心の壁の前で立ちすくむ弱い自分に、いつでも勇気を与えてくれた。




しばらく経って、再び運命の出会いがあった。
それは、オンライン小説投稿サイトである。

オンライン小説投稿サイトとは、誰でも自作小説をアップロードできる場所だ。素人にもプロにも平等に門戸が開かれている。

その場所に、私は何を思ったか、自作小説を投稿し始めた。
自分でも意外すぎる行動だった。
私にとって、物語は、小説は、心を救ってくれた、特別な存在で。
そんなすごいものを作れるのは才能があって頭が良くて経験豊富な一握りの選ばれし人間だけだと思っていた。
私のような平凡な人間には、物語を作る資格がないさえと思っていた。
しかし仕事でパソコンを使うことになり、ブラインドタッチの練習のために、と小説を書いてアップしてみたら……。

翌日、たくさんの人からコメントがついていた。

「こんなハマる小説、初めてです!」
「続きが気になる! 楽しみにしています!」


そしてある日、こんなコメントがついた。

「暗かった毎日に、一つの楽しみができました。あなたの小説のおかげです」

私の小説が、誰かの役に立っている……?

信じられない。

物語に助けられて生きてきた。
その私が、誰かを助ける側にいる。

喋れない子供だった幼少期、勇気を出して「はい」と返事してみたあの日のように、ある日、突然小説を書こう、と思い立ち一歩足を進めてみたら、奇跡が落ちてきた。
未来を変えるのは、いつだって、自分自身の最初の一歩だ。
物語を作るという、魔法の杖を手に入れた私は、覚悟を決めた。
物語に恩を返そう。
目に見えない誰かを喜ばせることで。
私は書きに書きまくった。
物語を摂取するだけだった自分が、作る人になっている。
それがとてつもなく誇らしかった。



そんなある日、某レーベルから声がかかり、それからまた色々あって。

いつの間にか私は、商業で恋愛小説を書き始めていた。


そう。ホラー小説じゃなくて恋愛小説だった。

リアルでも知識でも、ほとんど恋愛ネタを持っておらず、正直かなり苦戦した。




しかし書き続けていくうちに、恋愛小説もホラー小説も、根底に流れるものは同じだとわかった。


物語はすべからく、誰かを救うためにある。

生きていれば様々な問題が次から次へと押し寄せてくる。

恐怖に逃げ出したくなること、足がすくむこと、孤独を感じること。
何で自分だけ? と泣きたくなる夜もあるはずだ。

他人を恨みたくなること、自己嫌悪に押しつぶされそうなこと。
きっと、ある。

人間は感情を持って生まれてきた。
その感情に振り回されてしまうのも人間らしさだ。

しかしグルグルしてばかりでは、苦しみからは抜けられない。

3歳の頃。
近所の悪ガキに騙されて陳腐な檻に閉じ込められるたび、私の心にも少しずつ壁ができていた。
周囲を取り囲む山みたいに、それは次第に高くそびえたち、私を威嚇した。
絶対に出られないと思っていたその壁は、しかし妄想の産物だった。
いや、お手製の檻だって、足で一蹴りすれば脱出できた。
空想の檻からは抜け出して冒険しよう。
物語はいつも私にそう囁く。

ぱちん、と指を軽く鳴らして、高い壁を頭から消してしまえよ。

君にはその力があるだろ?」と。

ホラー小説は孤独な誰かを、次のステージへと追い立ててくれる猛獣だ。
わが子を千尋(せんじん)の谷に突き落とす獅子みたいに。
対して恋愛小説はもう少し優しい。

部屋の隅っこで膝を抱えている誰か。
そのたった1人に差し出す花束。それが恋愛小説だ。

壁を超えるのは君自身。
だけど、心から応援してるよ。
物語は必ずあなたに寄り添う。
どうか、受け取って。


暗闇で膝を抱えるあなたに、顔を上げてほしいから。

今日も私は書いている。

補足 
もんぺに足袋、おかっぱに防空頭巾という戦中ファッションでバッチリきめ、時折道に落ちていた炭などを拾って食べていた幼少期。
いじめられたのは服装のせいでは説が浮上中。

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ABOUT ME
渡辺 ことり
渡辺 ことり
乙女ゲームシナリオを130本、恋愛小説を30作ほど書いてきた物語バカ。 タウン情報まつやま公式アプリ「えぷり」でショートショートを連載中。 「ホラー小説が書きた〜〜い」と時々叫ぶが今のところ報われる気配なし。 ホオジロザメ、シャチ、ヒグマなど凶暴な危険生物や、映画、ドラマ、音楽、小説、漫画などエンタメ全般が大好き。 『物語で人生を豊かに」が口癖。 苦手を克服するのが好きという、ビジネス的にはやっかいな性質を持つ。 最近はまっているのはYouTube鑑賞。